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Sunday August 13, 2017







Saturday August 12, 2017


Friday August 11, 2017

午前中に整骨医で診てもらい、午後は2時から、香住寺へ。お盆のお施餓鬼。先代の住職が亡くなられ、副住職が住職になって、最初の公式行事。朗々とした読経と語り口。耳の遠いぼくにはありがたい。







採点はかなり進んだが、まだまだたくさんある。締め切りは8月23日。


Thursday August 10, 2017

午前中、家人に促され、ジャガイモを掘る。3種類。けっこういいものがとれた。

午後、公民館の英語。7名参加。今日新しく歌った歌は Yesterday。

帰宅後、整骨院へ。まだ少し痛むが、だいぶよくなった。ありがたい。


Wednesday August 9, 2017





Tuesday August 8, 2017






Monday August 7, 2017



Sunday August 6, 2017







Saturday August 5, 2017







*










Friday August 4, 2017

Thursday Augsut 3, 2017


Wednesday August 2 2017

期末試験。2コマ分。帰路、小野整骨院へ。昨日は痛んだが、今日はかなり回復している。



Monday July 31, 2017





Sunday July 30, 2017

朝起きると夜中に雨が降ったようだ。梅雨が終わってから梅雨らしくなった。

朝のうちに昨夜の後片付けにオーリアッドへ。午後はヘッジトリマーで庭木の剪定をしばらく。

Saturday July 29, 2017

夜、オープンマイク。今日は上條さんの紹介で、雅音人 (Gannet)という男女のデュオが参加することになり、それにともなって、松本から、似た雰囲気のミッテル (mittel) というデュオも参加することに。

雅音人は、メジャーレーベルからもアルバムを出しているとのことでレベルの高い演奏を聞かせてくれた。そうそう、今夜は3年ぶりに唐沢千夏さんも歌いにきてくれて、なつかしい「ヒロシマにて」を歌ってくれた。mittelのボーカルの金沢さんの歌唱力もみなさんをうならせた。赤羽マコトさんは、いつもの安定した演奏。今夜は、傑作「千両梨の実」のほかに小山卓治の「種」もよかった。坂井君はやはり最後に歌った「ぼくらの夢」が突出している。

初回出演順(敬称略):ミッテル(mittel)、坂井俊水、雅音人、唐沢千夏、赤羽真理、森嶋和也、上條俊一郎、三浦久。

















後半の唐沢さんは mittel のギタリスト原田照夫さんのサポートで 尾崎豊の I Love You を歌う。



最後に残った人たちで記念撮影。いい夜になった。



歌には「骨」が必要だと常々思っている。歌には小さな白い骨が必要である。あまりに骨が多くてもききづらい。骨がない歌は印象に残らない。しかし、音楽の何に感動するかは人それぞれ。最後は自分がなっとくするやり方でやるより仕方ない。キーワードは「感動」。

午前中、整骨院へ。今朝は痛みがかなり減り、腕の上げ下ろしもスムーズだ。腕を下ろしたとき、一か所、痛むところがある。先生に「短時間、草刈りをしてもいいでしょうか」と聞いてみる。「様子をみながら、徐々にやってください」とのこと。整骨院のあと、塩尻のホームセンターへ刈払い機の歯を換えにいく。その農機具部には、農機具に詳しい年配のおじさんがいる。歯を換えてもらい、はずれていたストラップも付け直してもらう。

左肩が痛むようになったのは、京都「拾得」での七夕コンサートのあと、家に戻ってから、3つの畑の除草のため、耕運機をかけ、刈払い機をフルに使った。最後、刈払い機のストラップがとれてしまい、両手だけで支えて、振り回したのがいけなかったか。翌日から痛みはじめ、その次の日は痛くて一睡もできなかった。小野の小野整骨院のお世話になった。

午後、小雨が降ったりやんだり、雨の合間をみて、歯を換えた刈払い機を、2の畑で、試す。よく切れる。とりあえず、今日はやりすぎないように、2の畑のハウスのまわりの雑草を刈るだけにする。


Friday July 28, 2017

来週月と水の期末試験の問題を作成し、午後松本キャンパスまで印刷しに行く。帰路、整骨院へ寄る。だいぶよくなったが、まだ腕を下げるときに、上腕二頭筋のあたりがひっかかるように痛む。もう少しの我慢。

夜、森林組合の理事会。短時間の会議のあと、慰労会。今夜は、期末試験の問題を作成する必要がないので、最後まで参加。お酒は飲まなかったが。話題の中心は、加計問題など。自民よりの人たちでさえ、今の官邸のやり方には批判的のよう。


Thursday July 27, 2017

午後1時半から、公民館の英語講座。6回目。年配者になればなるほど、英語の歌を正しいリズムで歌うのはむずかしくなるようだ。しかし、諦めなければ、必ず歌えるようになる。前回まだまったく歌えなかった人が、今日はかなり上手に歌えた。拍手がおきた。

終了後、小野の整骨院へ。そのあと塩尻まで脚を延ばし、カインズホームで印刷用紙と、プリンターのインクを購入。

Saturday July 22, 2017

オープンマイク初回出演順(敬称略):丸山俊治、森嶋和也、遠藤公彦、高橋佳子、坂井俊水、三浦久、垣内彰、赤羽真理、原田和夫、土屋文夫、藤原成子、北沢ひとし。

今夜は埼玉、東京、小諸から4人の熱狂的なブルース・スプリングスティーンファンを迎えてのオープンマイク。一人は昨年はアメリカへ2回行き、計5回スプリングスティーンのコンサートを見たという。通算だと80回を超えているとか。別の人は通算50回は見ているという。ひとりは、スプリングスティーンと同時にボブ・ディランのファンとのことで、ぼくがずっと昔訳した本『一粒の砂にさえも』を古書店でみつけてもっているとのこと。

通算80回を超えている人は、カウンターにあったコースターを見て、「これはテキサス、オースティンにあるライブ・ヴェニューのコースターですよね。3回行ったことがあります」と言う。確かに、10数年前にオースティンを訪れたとき、その店で購入したものである。



ぼくが誤解していたのは、このグループの世話役の遠藤公彦さんはじめ、他の3人も、ギターを弾いて歌うと思っていたことだ。歌は歌わなかったが、それぞれスプリングスティーンへの思いを語ってくれた。全員ぼくよりはスプリングスティーンに関して詳しそうだ。

新老人の会のメンバーである原田和夫さんには、日野原先生の逝去について、思いを語ってもらった。ぼくの主治医であり、この町の病院の前院長であった土屋先生には、禅について語ってもらった。いつものように話はビッグバンから宇宙へと広がった。

























最後に垣内さんの提案で集合写真の撮影。そして腕をクロスして手をつなぎ We Shall Overcome 歌う。



みなさんがお帰りになったあと、スプリングスティーンのポスターの前で記念撮影。



近い将来、スプリングスティーンのファンの集いをオーリアッドでしたいとの依頼を受けた。実現したら面白い。


Wednesday July 19, 2017

2コマのクラス。今日はギターなし。左手の肩から二頭筋にかけて痛むので。それで、いつものテストのようなもののあと、 The Hooters の 500 Miles の歌詞のプリントを配り、解説。そして歌を聞く。

If you miss the train Im on, you will know that I am gone
You can hear the whistle blow a hundred miles,
A hundred miles, a hundred miles,
A hundred miles, a hundred miles,
You can hear the whistle blow a hundred miles

Not a shirt on my back, not a penny to my name
And the land that I once loved was not my own
Lord Im one, Lord Im two, Lord Im three, Lord Im four,
Lord Im five hundred miles away from home

A hundred tanks along the square,
One man stands and stops them there
Some day soon, the tide will turn, and Ill be free
Ill be free, Ill be free, Ill come home to my country,
Some day soon the tide will turn and Ill be free

If you miss the train Im on, you will know that I am gone
You can hear the whistle blow a hundred miles,
Lord Im one, Lord Im two, Lord Im three, Lord Im four,
Lord Im five hundred miles away from home
Lord Im five hundred miles away from home
Ill be free, Ill be free, Ill come home to my country,
Lord Im five hundred miles away from home
You can hear the whistle blow a hundred miles
Lord Im five hundred miles away from home


1番はPPMの500マイルと変わらない。2番(PPMでは3番)は、2行目が変わっている。オリジナルは、

着るものもろくになく、一文無し
こんなふうに俺は家には帰れない

だが、フーターズのは次のようになっている。

着るものもろくになく、一文無し
かつて俺が愛した土地は今はもう俺のものではない

極めつけはこの歌の3番で、オリジナルにはまったくないヴァースである。その最初の3行。

100の戦車が広場を進む
一人の男が立ちはだかり、戦車を止める
いつの日かすぐ、情勢はかわり、俺は自由になるだろう

ここは当然、1989年6月4日の天安門広場での学生たちによる民主化運動のことを歌っている。



Tuesday July 18, 2017

7月8日9日にあった京都拾得での第45回七夕コンサートから戻ったあと、ずっと忙しかった。10日(月)は京都から戻り、いったん家にもどり、すぐに南箕輪村へ。2コマの授業。12日(水)は松本へ、2コマの授業。13日(木)は午後、公民館講座「歌で学ぶ楽しい英語」、14日は朝、辰野中学校で読み聞かせ。14日(土)はオープンマイク。予定の入っていな日、そして時間は、雑草対策のため、3つの畑に耕運機をかけ、刈払い機で庭や畑の周辺の草を刈った。

かなりきれいになったが、昨日は朝から、左の肩がもうれつに痛くなった。夜になると、左腕が持ち上げられなくなった。深夜12時ごろ寝たが、ズボンを脱いだり、パジャマを着たりするのが難しい。結局、昨夜はあまりの痛さに一睡もできなかった。

今朝、小野の整骨医へ。低周波治療器を15分かけたあと、マッサージをしてもらい、湿布を貼ってもらった。そして左腕を三角巾で釣ってもらった。家に戻り、しばらくしたら、痛みが減り始めた。ありがたい。午後、2時間ほど午睡。もっと寝たかったが、暑くて目が覚めた。

しばらくはギターも弾けないかもしれないと思ったが、なんとかなりそうである。

耕運機や刈払い機は、腕や肩に振動を与えるので長時間はやらないほうがいいとのこと。

グラジオラスの最初の1本が咲いた。




Saturday July 15, 2017

オープンマイク初回出演順(敬称略):三浦久、坂井俊水、森嶋和也、井ノ上陽一、岡谷の原さん、赤羽真理、原田和夫、武渕俊博。

今日は今月25日にオーリアッドで予定されている「花暦」の会のメンバーが4人、視察に訪れてくれたので、まず最初にぼくが歌わせてもらう。坂井君の小学校と中学校時代の友人も何人かきてくれた。その中の武渕君は、武蔵野音大ピアノ科卒業とのこと。好青年である。今日はピアノではなく、坂井君のサポートで自作の歌の弾き語り。中学のとき、武渕君が剣道部の部長で、坂井君が副部長だったとのこと。我が家の長男も剣道部だった。次男も剣道部に入ったが、途中で卓球部に変わった。そんなことを思い出した。

















Friday July 14, 2017

読み聞かせ。今朝は京大有志の会の「声明書」を読み、最後に「祈りの歌」を歌う。

戦争は、防衛を名目に始まる。
戦争は、兵器産業に富をもたらす。
戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

精神は、操作の対象物ではない。
生命は、誰かの持ち駒ではない。

海は、基地に押しつぶされてはならない。
空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

学問は、戦争の武器ではない。
学問は、商売の道具ではない。
学問は、権力の下僕ではない。

生きる場所と考える自由を守り、創るために、
私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。


夕方、3の畑に耕運機をかけ、久々に芝を刈る。




Thursday July 13, 2017

午後、公民館の英語講座「歌で学ぶ楽しい英語」。今まで習った歌を歌ったあと、今日は比較的やさしい Beautiful Brown Eyes を歌う。今日は8人参加。残り4回。参加者が参加してよかったと思えるような講座にしなければ。




Wednesday July 12, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。今日の歌は Tennessee Waltz。

Tuesday July 11, 2017

朝起きて庭を一巡り。今年は一輪咲いただけで、もう咲かないと思っていた蔓バラがきれいに咲いている。芝生は荒れ放題だが、写真で見るときれいに見える。





Monday, July 10, 2017

ホテルを出て少し歩き、地下鉄五条駅から地下鉄で京都駅へ。9時少し前の新幹線に乗り、名古屋へ。そこから10時10分発の中央道高速バスで辰野へ。辰野着12時50分。家人に迎えに来てもらい、家に戻り、少し準備をし、南箕輪村へ。2時40分から2コマの授業。授業はなんとか済ませたが、ひとつうっかりしていたことがあった。来週月曜日は祭日で授業無し。ということは期末試験まで授業は再来週1回のみ。よていが若干狂ってしまった。なんとかしなければ。

前川喜平氏を参考人として招致して行われた国会閉会中審査の中継は見ることができなかった。午前中はバスで移動していたし、午後は授業があった。だから今夜のニュースを梯子した。自民党はこれで幕を引き、終わりにしようとしているが、そんなことをすればますます支持率が下がると思わないのだろうか。しかしまた、キーパーソンが出席し、真実が明らかになれば、そのほうが支持率が下がることは確かだろう。それで、より害の少ない(と彼らが思う)ほうを選択したのだろう。「そうは問屋が卸さない」となることを願う。

夕方、家に戻って庭の写真を何枚か撮る。「三日見ぬ間の桜から」ではないが、3日留守をしただけで、庭の景色が変わっていた。雑草が成長し、咲いてる花も少しちがっていた。



お風呂に入る前、体重をはかったら82.2キロだった。2キロちかく減量できたのは京都の蒸し暑さのおかげ。2日とも朝起きたら、シーツが汗でびっしょり。クーラーをかけて寝る習慣がないものだから、温度調節が難しかった。夜中に寒すぎて目が覚め、クーラーを切ると、今度は暑すぎて目が覚める。最後、28℃、弱風に設定。ようやく朝まで眠れた。

ここはいい、昼間は暑くても、夜は涼しい。昼間も京都と比べれば乾燥しているので、肌がべとつかない。

Sunday July 9, 2017





Saturday July 8, 2017



Wednesday July 5, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。両方のクラスで中間試験を返す。

帰路、アルプス市場に寄り、家人に頼まれた茄子の苗を5本購入。農業は素人だけれど、大概の野菜は種をまいたり、苗を植えたりすれば育つ。茄子だけは難しい。そのあと、アルプス市場から桔梗が原病院へ。相沢病院に入院していた友人が、リハビリのために移ったと聞いたので。彼が入院している南棟の建物に入る。記憶が蘇ってきた。母が10数年前、最後にはこの病院に入院していた。

受付で彼の名を言っているところへ、「三浦さん」という彼の声。歩行器につかまりながらだが、しっかり歩いている。顔色もいい。よかった。元気そうだ。これなら退院もそう先のことではないだろう。しばらく彼の部屋で話す。何もすることがないのでと、「注文の多い料理店」の序文や「雨にも負けず」の詩などを挿絵とともにノートに書いたのを見せてもらう。ティク・ナット・ハンのことをテレビで見て感激したという。しばし師のプラム・ヴィレッジ瞑想センターについて話す。

帰宅後、庭に出て、新しい花が咲いていないか見回る。気の早いリンドウが一輪咲いていた。梅の木のところへいくと、大きな実がたくさんついている。ここ数年、冬の寒い時期、堀内さんに消毒してもらったのがよかったか。手を伸ばしてとれるものだけをとる。





鳥取と大分で、集中豪雨の被害が広がっている。がけ崩れや河川の氾濫、家屋や橋の流失が相次ぎ、行方不明者も続出している。本当に気の毒だ。

夜、七夕コンサートに向けての準備を少し。


Tuesday July 4, 2017













Monday July 3, 2017

朝、庭を見て回ると、黄色い百合の花の中にバッタが、白い百合の中にカエルがじっとしていた。





午後、2コマのクラス。2つめのクラスで、中間試験を返す。そのあと、2週間前、試験を受けなかった一人の学生のために追試を行う。彼は献血をして気分が悪くなって保健室で横になっていたいう。

安倍政権の命脈は絶たれたと思うが、どうだろう。みんな反省を口にするが、今まで通り口先だけだろう。あの官房長官の顔を毎日見るのは勘弁してほしい。政権交代は無理としても、党の中で人事のシャッフルがあればいいが。


Sunday July 2, 2017

東京都民の良識に、乾杯!
都議選自民党惨敗。


Saturday July 1, 2017

オープンマイク初回出演順(敬称略):三浦久、前田正男、赤羽真理







Friday June 30, 2017

沙羅双樹の花がようやく咲き始めた。まだ3,4個しか咲いていないが、蕾はたくさんついている。これから次から次へと咲き、次から次へと地面に落ちるだろう。



終日、採点と歌。歌は七夕コンサートのために新しい歌を1曲書きたいと思っているが、なかなか思うようにいかない。アイディアはいくつかあるのだが。


Thursday June 29.2017





Wednesday June 28, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。最初のクラスではテストを返そうと昨夜遅くまで頑張ったが、合計点を出して、名簿に記入するまではできなかった。来週は確実に返さなければ。クラス終了後、先週、サリンジャーについて話しかけてきた学生がやってきて、「是非読んでもらいたいです」と言って、一冊の文庫本を貸してくれた。「返してもらわなくてもいいです」というが、そうもいくまい。『猫とともに去りぬ』という変わったタイトルの、ジャンニ・ロダーリというイタリア人作家の短編集である。まだ読み始めていないが、来週末京都へいく。そのときに読んでみよう。

帰路、久々に Tsuruya に寄る。メイプルシロップとイタリアシチリア島産レモン果汁100パーセントを買う。このレモン果汁の瓶詰は今まで見たことがない。身体によさそう。

今日は雨が降るかと思ったが、辰野も松本も、パラパラと降っただけ。帰宅後、3つの畑の水まき。夕暮れの庭にひっそり咲いている薔薇と百合がきれいだった。








Tuesday June 27, 2017

朝起きて、庭に出ると黄色い百合が咲いていた。昨日まで蕾だったのに。カメラを取りに戻り、写真に収める。



今日は、明日のクラスで返す中間試験の採点。夕方、ハウスのトウモロコシや野菜に水をやる以外。それでも、明日返すことのできるのは、1クラス分のみ。長年教えてきたが、採点が苦手である。採点アレルギーというか採点フォービアがある。でも今年はまだいいほう。来週までには全部返せるだろう。


Monday June 26, 2017

赤羽やよいさんのご好意で、塩尻無量寺の茶会に参加したのは、5月28日だった。ほぼ一か月前である。そのとき、青山俊菫(しゅんどう)師にお会いできたことはほんとうに幸運だった。今まで多くの宗教者にお会いしてきた。彼女はぼくがもっとも感銘を受けた宗教者のひとりである。彼女の立ち振る舞い、表情、言葉、そのすべてが美しい。特にその笑顔が。まさに和顔施(わがんせ)である。そのとき3冊、彼女の著書を購入した。今そのうちの1冊を読んでいる。『一度きりの人生だから』(海竜社)。教えられることが多い。

「本命は自分の人生」という章のなかで、平山郁夫さんの「絵は長い時間、筆さえ持てばよいものができるというものではない。集中力です。それも技ではない。日頃描き手が身につけたもの。蓄積したものしか出てくるはずはない」という言葉が引用されている。その言葉を受けて、青山俊菫師は次のように語る:

 恐ろしいことである。五十年六十年生きてきたその人の生きざまが、一枚の絵の上にかくしようもなくあらわれるというのである。山坂ある人生の一つ一つにどんな姿勢で立ち向かい、超えてきたか、そのすべてを、一枚の絵はあますところなく語り抜くというのである。
 本命は自分の人生である。私の人生にどう立ち向かい、そう生きるか。その結果としておのずからそこに生まれたものが一枚の絵となり、あるいは一幅の書となる。表現せねばならないから一応の技術の習練も大切だが、それが中心ではない。筆を持つ人間そのものが刻々に自分の人生にどうとり組んでいるか、そのことこそ本命であり、それをおろそかにして技だけで勝負しようとしても、それはすぐに行き詰まるであろうことは、当然すぎるほど当然のことといえよう。
 このことはすべての上に言える。一曲の歌を歌うにしても、技術の習得のみで功をあせり、歌う人間そのものを深め、高める努力をしない歌手の歌は、味わいもなく、また歌手としての命もみじかい。書も、とかく技の習得に重きをおきがちな書家の書は、床に掛けておいてもすぐに飽きてしまう。それに反し禅僧の書は一見稚拙に見えても、見るほどに味わいを深めるものが多い。技術ではない世界、筆を持つ人の生き方が書をとおして相手に迫ってくるのであろう。(pp.42-43)

襟を正さなければ。

午後2コマのクラス。最初のクラスでは試験を返すことができたが、次のクラスは来週返すことに。今日の歌は Take Me Home, Country Roads。この歌のファースト・ヴァースの最後の2行はいつも解釈に苦労する。



紅い百合が咲いた。


Sunday June 25, 2017

朝起きて、仕事場に入り、コンピュータのスイッチを入れたところで、ガタガタときた。激しくはないが、長い間つづいた。揺れが止まったところで下に降りる。家人がテレビのスイッチを入れたところだった。長野県南部が震源地とのこと。飯田か駒ケ根あたりかと思ったら、木曽の王滝村だった。辰野も震度3のグループに入っていた。

王滝村といえば、先祖の地に戻ってきてから2年半後、1984年9月に、大きな地震があった。そのときと比べると、今回の地震はかなり小さい。午後に一度比較的強い余震があった。

終日、明日返す中間試験の採点。返すことができるのは、1つのクラスだけになりそうだ。


Saturday June 24, 2017

オープンマイク、初回出演順(敬称略):原田和恵、大槻正義、丸山俊治、S.I.、赤羽真理、原田和夫、三浦久。
















Thursday June 22, 2017

午後、「歌で学ぶ楽しい英語」、今日は The Rose に挑戦。歌詞を解説し、音源を聞き、歌う。大学生たちには簡単でも、年配者にとっては、かなり難しいそう。教えるほうも学ぶほうも必要なのは patience.。
講座から戻り、芝刈り、そしてウオーキング。今は、どの家でも、あまり花が咲いていない。わが家の庭には、今、ポピーとアンジェラという名の薔薇が咲いていて、賑やかなほうだ。









Wednesday June 21, 2017

一日中、雨。恵みの雨。各地に被害も出たようだが、辰野も松本もそれほどの降りではなかった。畑がしっとり濡れて美しい。

昼を挟んで2コマの授業。中間試験。最初のクラスの終了後、ひとりの学生が「授業とは関係ないことですが」と言って話しかけてきた。サリンジャーや「暴力教室」、それにビートルズのドラッグにインスパイアされた歌などについて話す。こういう話は楽しい。

2つ目のクラスの後半、期末試験について話す。歌の問題の比重が大きいので、10曲歌詞を見ないで歌えて、スペルを間違えずに書けるようにしておけば、かなりいい点が取れる、と言うと、「実技もありますか」との声。10曲全部、歌詞を見ないで、正しいリズムと発音で歌えれば、それなりに評価すると答えると、1人の男子学生が手をあげ、チャレンジしたいと言う。「今は All My Loving しか歌えませんが」というので、前に出てきて歌ってもらう。

積極性は評価するが、全体的にはBマイナスといったところか。一人でいるときは歌えても、クラスの前で、あるいはぼくの前で歌うとなると、緊張して歌えなくなる。どういう状況でも歌えるようになるためには、繰り返し繰り返し歌って、完ぺきに覚えてしまう必要がある。しかし偉そうなことは言えない。ぼくは自分の歌でさえ、覚えられない。

帰路、アルプス市場に寄り、青じそ、オクラ、ズキニ、レタスの苗を買う。


Tuesday June 20, 2017

今日は、家人とほぼ一日、外の仕事。イチゴに被せていた杭と網をとり、それを西瓜の上にかぶせる作業。猿がでなければ、農作業はどれだけ楽なことか。カボチャにも被せる必要があるが、それは後日。

イチゴ畑の近くに咲いているアンジェラという名の薔薇の写真を撮る、今までは杭と網があって、自由に撮れなかった。昨年、隣村の垣内さんの薔薇の花園があまりにきれいだったので、激賞したところ、数日後に届けられた薔薇。彼自身が穴を掘り、施肥をし、植えてくれた。おかげで一年目にして見事に咲いた。激賞したのは、お世辞ではなく、ほんとうに見事だったので。





夜は、明日の授業の準備。中間試験。


Monday June 19, 2017

午後2コマのクラス。中間試験。試験は1時間10分。残りの20分は今まで歌った歌を歌う。車の中に先週から置いておいたバックパッカーの音が狂っている。チューナーを忘れてきた。音を合わせようと四苦八苦しているところへ、学生が、スマホを差し出して、「これを使ってください」と言う。スマホにチューナーのアプリが入っているらしい。ありがたい。授業終了後、その学生に頼んでぼくのタブレットにもチューナーを入れてもらう。これは便利。

家に着いたのは6時半過ぎ。夕飯を食べ、7時のニュースを見始めたところへ電話。中学時代の同級生の永子さん。しまった、前から何度も念を押されていた。埼玉でライブハウスをやっているという彼女の親戚の人と今夜オーリアッドで会うことになっていた。急いでオーリアッドへ。永子さんのご主人の墓参りに親戚が集まったようである。たくさんの方がいたが、最終的には、所沢でライブハウスをやっている工藤さんと奥さんのお二人が残り、しばし歓談。彼らが持参したビールやつまみをいただきながら。工藤さんの奥さんが永子さんのご主人のお兄さんの娘さんとのこと。こういう話はややこしい。

楽しいひと時だった。彼も歌い、ぼくも歌った。そして四方山話。










Sunday June 18, 2017

昼過ぎ、長男を駅まで送り、オーリアッドに寄り、昨夜の後片付け。長男には、先月彼からプレゼントされたタブレッの使い方を教えてもらう。父の日のプレゼントは好物の虎屋の羊羹。

金曜は松川村へ、土曜はオープンマイクのあと、松尾峡へ。帰宅はいずれも真夜中過ぎ。さすがに疲れた。明日の中間テストの準備をし、早めに寝ることに。

Saturday June 17, 2017

オープンマイク、初回出演順(敬称略):ふあ、柳沢暁、赤羽真理、坂井俊水、池田幸代、三浦久。

最初に入ってきたのは、柳沢さん。以前県が丘高校でお会いしたことがある。現在、筑摩高校におられるとのこと。9月後半に講演の依頼を受ける。今年の秋は、多くの講演をすることになりそう。ボブ・ディランのノーベル賞受賞のおかげに違いない。















特筆すべきは、福島みずほさんの秘書、池田幸代さんがお母さんと一緒に入ってきたこと。お母さんとは以前から面識があったが、娘さんにお会いするのは初めて。時が時だけに、彼女の口から、生々しいお話を聞かせていただいた。今回の一連の出来事によって、多くの人の「堪忍袋の」緒が切れたことだろう。世の潮流が変わることを願う。

最後は、赤羽さんと「アメイジング・グレイス」。

終了後、ふあさん、ふあさんの友だちの夫婦、それに家人と長男と、みんなで松尾峡へ。噂には聞いていたが、今年のホタルは、近年にない発生数。11時過ぎでもホタルの乱舞が見えた。


Friday June 16, 2017










Thursday June 15, 2017

終日、明日の松川村「すずの音ホール」でのイベント「ボブ・ディランと9条」でのスピーチについて考える。実は、この話があった3月の終わりから、ずっと考えてきた。でもいろいろアイディアがあるが、何もまとまっていない。ディランについて語るときは、あれもこれもと欲張って、結局消化不良になることが多い。限られた時間である。あまり多くを詰め込まないほうがいい。4時から、ふあさんと安藤さんもきて、サウンドチェックがある。4時に松川村に着くには、ここを余裕をもって2時半には出る必要がある。明日の朝、最後のまとめを考えよう。

このイベントでのスピーチを考えているうちに、「風に吹かれて」の九つの質問のうち、何が一番重要な質問なのか理解した。いや、それはずっと前からわかっていた。

2番の最後の1行、
How many times can a man turn his head and pretend that he just doesn't see?
どれだけ顔を背けて、人は見て見ぬ振りができるのだろう?


ディランもこの1行が大事だと思っていることは、彼が、オフィシャルの詩集では、2番と3番を入れかえていることからわかる。つまり、この1行が歌詞全体の最後にくるようにしたのである。

そして、われわれも、心の中の自由を拘束するおそれのある法案が強引に可決されてしまった今こそ、見て見ぬふりをするのではなく、声を上げなくてはいけない。


Wednesday June 14, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。今日の歌は Times, They Are A-Changing。この歌は「風に吹かれて」と並ぶディランのプロテストソングの代表曲。まず、この歌のナレーターは人々に訴える。あなたのまわりの水かさがましている、溺れたくなかったら、泳いだほうがいい。さもなくば、石のように沈んでしまう。時代は変わっているのだから、と。

それから作家と評論家、上院議員と下院議員に、国中の母親と父親に、訴える。とくに上院議員と下院議員への忠告は、日本の国会議員にも聞かせたい。

上院議員と下院議員のみなさん、あの叫び声が聞こえませんか
戸口に立ったり、廊下をふさいだりして
もたもたしてると、怪我をしますよ
外では激しい抗議が続いていて
それはすぐにあなたの窓を揺すり、壁をガタガタさせますよ
時代は変わっているのだから

スティーブ・ジョブズは自分でつくったアップルを首になったあと、1週間、自宅にこもって、この歌のタイトルがアルバムタイトルになっているアルバムを聞き続けたという。「今先頭の者は、あとにはビリになる」というところなど、彼はおそらく「今にみろ」という思いで聞いたことだろう。


Tuesday June 13, 2017




Monday June 12, 2017






Sunday June 11, 2017








Saturday June 10, 2017

今日はオープンマイクを中止して、6.10国会大包囲デモに家人と共に参加した。過去数か月にわたって繰り広げられてきた、加計学園問題をめぐる政府の対応にやり場のない気持ち悪さ、憤りを感じ、いてもたってもいられなかったので。







デモというものにぼくは今まで積極的に参加したことがない。ICUの学生だったとき、寮の先輩から米軍の基地か何かに反対するデモに行こうと誘われたが、いかなかった。唯一例外は、1967年だったか68年だったか、サンタバーバラ空港へリチャード・ニクソンが遊説にくるというので、反戦運動のデモ行進のあとについていった。留学生は政治活動が見つかると、本国へ送り返されるという噂もあり、ビクビクしながらついていった。デモに参加したというよりも、怖いもの見たさだった気がする。ニクソンは10分か15分話しただけで、さっさとかえってしまった。

一方、家人は、学生のころ、当時は京都では日常的に学生によるデモがあったようで、時には参加したようだ。ぼくが京都へ行ったときは、すでに学生運動は下火になっていた。



今回の国会議事堂大包囲のデモの参加者をみると、大学生の参加は極めて少ないように思えた。年配者は、ぼく以上に年を取っている人たちが大勢いた。

心の中の嫌な気持ちがなくなったわけではないが、今日は行ってよかった。小さな声であっても、声を上げなければいけない。声を上げるのは怖い。それでも、上げなければ。ジャマイラという若い黒人女性が、暗闇の中、教会に侵入した強盗におびえながらも、次のように歌ったように。

We are not afraid
We are not afraid
We are not afraid today
Oh deep in my heart I do believe
We shall overcome someday



Thursday June 8, 2017

芥子の花がきれいに咲いた。それに隣村の垣内さんからいただいてアンジェラという薔薇も咲き始めて。







午後、「歌で学ぶ楽しい英語」3回目。今日は、今まで歌った、All My Loving, Can't Help Falling in Love を歌ったあと、Tennesse Waltz と We Shall Overcome を解説し歌う。英語ができるできないの問題も若干あるが、重要なのは、ほんとうに学びたいという熱意があるかどうか。是非、最後まであきらめないで、ついてきてほしい。全8回が終了したとき、英語の発音がよくなった、聞き取りができるようになったと実感することができるように。

今日は、レナード・コーエンについて書かせてもらったオンライン音楽雑誌ERISの発行日。編集長の萩原健太さんをはじめ、錚々たる音楽評論家のみなさんが執筆するこの雑誌に書かせていただいて、とても光栄に思っている。

次のサイトに登録してパスワードを取得すれば、無料で読むことができます。ちょっとややこしいですが。
http://erismedia.jp/


Wednesday June 7, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。先ず、スティーブ・ジョブズがアップルに戻ってから制作した60秒のコーマーシャル Think Different を使って、いつもの「テストのようなもの」。

Here's to the crazy ones. The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square holes. The ones who see things differently. They're not fond of rules. And they have no respect for the status quo. You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them. About the only thing you can't do is ignore them..Because they change things. They push the human race forward. While some may see them as the crazy ones, we see genius. Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.
クレージーな人たちに乾杯。はみ出し者。反逆者。問題を起こす人。四角い穴の丸い栓。物事を普通とは違う角度から見る人たち。彼らは規則が好きじゃない。現状を維持することに敬意を払わない。あなたは彼らの言葉を引用したり、反対したり、賛美したり、非難したりすることはできる。できないことは、無視することぐらいだ。なぜなら彼らは物事を変えるからだ。人類を前進させるからだ。彼らは狂ってると思う人たちがいるが、私たちは天才だと思う。なぜなら世界を変えることができると考えるほど狂っている人たちだけが、世界を変えることのできるのだから。


https://www.youtube.com/watch?v=GEPhLqwKo6g ←クリックするとスティーブ・jジョブズのナレーションで聞くことができます。17人の「クレイジーな人々」が登場しますが、何人知ってますか?

再来週は中間試験。帰路、ホームセンターへ。ゴーヤ用の棚をひとつ購入。

芍薬が咲き始めた。




Tuesday June 6, 2017

今日は一日外で働く。まず、イチゴ畑の柵と網の補強。網を留める金具が十分でなかったために、今朝早く、猿に熟したイチゴを「かなりとられてしまった。留め金を買いに行き、しっかり留める。そのあと、刈払い機で土手の草刈り。ここは急斜面なので。疲れる。最後は刈払い機では危険と思わるところは、草刈りカマを右手に持ち、左手で土手にしがみつき、刈る。不格好な出来ではあるが、何もしないよりはましだろう。3の畑に草が生え始めたので、耕運機をかけようとしたら、ウンともスンともいわない。

夜、明日のクラスの準備を少し。

子どものころから熱狂的な巨人のファンだった。それをやめたのは30過ぎてから。今巨人は泥沼の11連敗。ちょっとかわいそう。

Monday June 5, 2017

午後、2コマのクラス in 南箕輪村。今日の歌は We Shall Overcome. 理不尽な権力に抵抗する歌。学生はすぐに覚えて歌えるようになる。ときどき 「We Shall Overdome の1番をすべて書きなさい」という問題を出すことがある。そのとき、We shall over come. と書いたらアウトだ。overcome は打ち克つ、克服するという意味の1語の動詞である。

先日のライブの感想が少しずつ届いている。社交辞令を割り引いても、まあまあよかったのではないか。朗読の会「ひびき」のみなさんに大いに助けられたようだ。


Sunday June 4, 2017




Saturday June 3, 2017

第21回三浦久ほたる祭りライブ。しっかり準備をしたつもりが、やはり詰めがあまく、最後はやや尻切れトンボになってしまった。それでも「よかった」「声が出ていた」「ゲスト無しのひとりのライブは久しぶり、堪能した」など、好意的な反応が多かった。

朗読の会「ひびき」の赤羽さん、林さん、池上さんの朗読がよかったという声も多かった。「朗読っていいものですね、字を読むのと違って心に届きました」という声があった。「エッセイの中の小林さんの話に惹きつけられました」という声も。小林さんはぼくが中2のとき、ギターの魅力を教えてくれた刑事さん。

 今思えば、小林さんは人生をフル回転で生きていた。全感覚を開放して、あらゆるものからエネルギーを吸収していた。刑事という仕事とのバランスを取るためだったのか、ギターを弾き、絵を描き、そして数学の問題を解くことを好んだ。小林さんは常に美しいものを求めていた。
 小林さんは夜中に絵を描いていて、奥さんが気づいた時にはすでに亡くなっていたという。まだ40前で、幼いふたりの息子が奥さんと共に残された。
 小林さんがぼくに与えてくれた影響は計り知れない。彼の奏でた「禁じられた遊び」はぼくの心の中に、美しいものや意味に対する憧れを掻き立てた。ぼくの人生はギターのおかげでどれだけ豊かになったことだろう。ギターのおかげでなんて多くの歌や人とめぐり会ったことだろう。


反省点もある。何を歌うかを大体決めてはいたが、その場で臨機応変に選択しながら歌った結果、予定していた歌が5曲も歌えなかった。「新曲もあります」と豪語していたのに、自信をもって歌えるほど歌いこんでいず、後回しになって、結局歌えなかった。

しかし、久々に歌った「神は死んだ」「セカンド・ウインド」などがよかったという声もあった。「てるてる坊主」の作詞者浅原六朗のことを歌った「六朗」も、今回歌うまえに、two verses 削除してコンパクトにした。そのせいかしっかり歌うことができた。この歌を書くきっかけとなった永田浩幸さんも友だちときてくださった。














All photos by S. Sakai

今回のライブは、奇しくも6月16日(金)の「ボブ・ディランと9条」のリハーサル的なものになった。何故歌うか、何を歌うか、そのことを忘れずに、初心に帰って、歌いつづけたい。


Friday June 2, 2017

終日、明日のライブの準備。準備の大部分は歌詞カードを大きな文字に変える作業。最近は目がますます悪くなり、ステージで字が読めないことがある。ワードの作業も試行錯誤で覚えてきたが、素人の悲しさ、基本的なことがわかっていない。文字を大きくすると行間が極端に空いてしまう。ところが、先週、ページ設定で「グリッド線なし」にしておくと、文字を大きくしても行間がそれほど空かないことを知った。これはいい。グリッド線なるものが何か知らないけれど。

最近は暑い日が続いていたが、今日は風が強く、温度も比較的低かった。それでも景色は真夏の雰囲気。







花の咲くのは例年に比べて遅れているが、イチゴは今年は例年より早く採れ出した。今年は猿対策のポールと網を新調した。これで猿の侵入を防げたらいいが。


Thursday June 1, 2017

夜、10年前、町の区長をした人たちの思い出会。あれから10年。17名いたが、2名はお亡くなりになり、15名が集まった。10年ひと昔というが、もうずっと昔のことに思える。毎年開いているが、ぼくは1回何かの都合で欠席したことがあるだけ。最初のころはみなさん二次会に行く元気があったが、最近は、二次会なし。それでもお元気だ。







Wednesday May 31, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。最初のクラスが終わる20分前、スピーカーから、全員すみやかに、グランドへ避難するようにとの防災訓練のアナウンス。長い間教えてきたが、こんな本格的な避難訓練は初めて。頻繁に災害が起きるからか、防災に対する意識が高まっているからか。備えあれば憂いなし。

昨日アマゾンより、Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandの50周年記念エディション が届く。CD4枚、DVD と Blue-ray 各1まい。このアルバムが発売されたのは1967年6月1日のこと。まず、disc one を聞く。オリジナルのリマスター盤。その音の広がり、音の厚み、音のきらびやかさに、新たに圧倒される。



Tuesday May 30, 2017

今日は暑い日だったが、外でしっかり働いた。朝の比較的涼しいうちに、芝を半分刈り、1、2、3の畑に水をやり、2と3の畑の雑草対策に耕運機をかける。汗びっしょり。午後日が影ってから、芝生のもう半分を刈り、再度3つの畑に水をやる。またまたびっしょり。これだけで3キロ痩せていたから、かなりの汗をかいたもよう。水分補給はしっかりした。

加計学園問題に対する政府の対応には本当に(信州弁で言うと)業がわく。うんざりする。頭にくる。Acountability 説明責任を果たそうとする気持ちは一切ない。同時に、政治家と官僚たちの、追従と詭弁のことばを聞いていると、哀れにも思えてくる。初心は理想に燃えていただろうに。

ほたる祭りライブの予約者がここにきて増えてきた。ありがたいことである。遠くは千葉、横浜、埼玉から、近くはぼくの住む今村から。

赤いポピーにまじってピンクのポピーが咲き始めた。







驚いた。先週植えたばかりの黄色いゴーヤに花が咲き、小さな実がついている。


Monday May 29, 2017

午後2コマのクラス at 南箕輪キャンパス。2コマ目終了後、2年前にぼくのクラスにいたという学生が、8月に京大大学院の試験を受けるとのことで英語の過去問について質問にきた。いくつかあったうち、一つだけ即答できなかった。家に戻り、辞書を引きながら考えたら、なんとかわかってきた。

We have been to the Moon and have seen our planet from space: the extent to which the Earth is now and has been an abode for life, yet modifide by life, has awakened consciousness and stirred consciences.
我々は月へ行き、地球を宇宙から見てきた。我々の住む地球が前から、そして今も、生命の棲息地であり、同時に生命によって変形されてきた場所であるということを知るにつれて、自覚が生まれ、良心の呵責を感じるようになってきた。

かなり強引に意訳したところもあるが、なんとか辻褄はあってるだろう。難しいのは the extent to which のところの訳し方。


Sunday May 28, 2017












Saturday May 27, 2017

オープンマイク、初回出演順(敬称略):土屋哲郎、原田和恵、坂井俊水、赤羽真理、Canai、森嶋和也、三浦久、Haru、垣内彰。






















Friday May 26, 2017

朝10時からオーリアッドで、朗読の会「ひびき」の3名の方と打ち合わせ会。彼らにお願いしたエッセイの朗読を聞かせてもらう。素晴らしい。

イチゴ畑にかけた網を金具で止める作業。




Thursday May 25, 2017

朝から雨。恵の雨。からからに乾いた大地に雨がしみ込んでいく。木も草も虫も狐も、みんな喜んでいる。よかった。

雨を眺めに外に出て、メールボックスを開けるとダイレクトメールの間に封書がまじっていた。差出人は知らない人。なんだろうと思って封を切ると『祈り』と『九つの物語』を送ってほしいという依頼だった。その下に次のように書かれていた。

私は京都産業大学時代、先生の英語の授業を受けた者です。教科書はジミー・カーターの『なぜベストをつくさないのか』でした。最初と最後の授業にギターをもってきてボブ・ディランや自作の歌を歌われたのがすごく印象に残っています。

産大で教え始めたのは、1974年の4月。1982年に辰野へ戻る2年前までは続いたので、少なくとも6年間は教えたはず。京産大ではいろんな教科書を使ったが、覚えているのは Jimmy Carter の Why Not the Best? だけ。それはぼくが産大で最初に使った教科書だったからだ。

彼の手紙には、彼の近況も書かれていた。勤めていた会社が一昨年倒産したこと。しばらくして右胸に腫瘍がみつかり、右胸壁骨肉腫と診断され、大きな手術をし、初めて「死」を意識したこと。そして昨年7月に退院し、9月から10月半ばまで四国八十八ケ所を歩いて廻ったことなど。最後には、今は新しい職も得て、再出発したと書かれていた。よかった。

いい加減な教師ではあったが、40年以上の年月を経て、ぼくのクラスにいた学生からこんな手紙をもらうとは、教師冥利に尽きるというもの。ひょっとしたら彼のクラスでぼくの四国遍路の旅の話をしたかもしれない。

午後1時半から、2回目の「歌で学ぶ楽しい英語」。今日は参加者は5名。葬儀でこれなかった人が2名、他の用事でこれなかった人が2名。少人数であったが、みなさんしっかり練習してきて、大きな声で歌ってくれた。

ニュースを見れば吐き気をもようしたくなる出来事ばかり。その中で文部科学省の前事務次官前川喜平氏の「あったものをなかったとはいえない」という言葉に少し気分が楽になる。まさに一服の清涼剤。上意下達の官僚の世界のなかで、保身ばかり気にかけて、言いたいことも言えずに一生を終えてしまったら、この世を去るときは後悔ばかりだろう。

Wednesday May 24, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。帰路、相沢病院へ。友人は明日、別の病院へリハビリのために移るとのこと。かなり良くなっているようだ。よかった。アルプス市場へ寄り、ベビ―リーフの苗を3パックとスイカの苗をひとつ購入。


Monday May 23, 2017

朝、2の畑の花の種をまいた上に藁をかぶせ、水をやる。あまりに陽射しが強いので。







午後2コマのクラス at 南箕輪キャンパス。


Sunday May 22, 2017

朝起きて一番に外に出て写真を撮る。写真は早朝か夕暮れに限る。まだ5月なのに真夏の暑さ。









6月8日発行される『ERIS』19号が、執筆者の最終校正のため先行公開された。「てにをは」を含めいくつか修正してもらいたいところはあったが、全体としては、意外とまとまっていて驚いた。ニュージーランド訪問から帰ってきて、慌てて書いたので、書きながら自分でも何を書いているのか分からなくなったときがあった。でも頭の中では書きたいことは明確だった。それをどう表すかに苦慮した。

昨日鈴木大拙の秘書岡村美穂子さんの「大拙先生とわたし」という対談を偶然見た。それによって、ぼくがこのエッセイで書きたいと思ったことがはっきりと意識できた。そしてそれはぼくが初めて「私は風の声を聞いた」を書いた1969年春から、常に思い続けてきたことである。

  
わたしは風の声を聞いた
  その分別を捨てて只生きて行きなさい
  わたしは風の声を聞いた


Saturday May 21, 2017

オープンマイク、初回出演順(敬称略):森嶋和也、粟津原裕子、三浦薫子、三浦久、赤羽真理、坂井俊水。
















Friday May 20, 2017

昨日に続き、今日もいい天気。朝起きて外にでたら、石楠花がひとつ開いていた。あといくつか開く準備をしている。ボリジは薬草で、食べることもできると知り、今夜、天ぷらにして食べてみた。美味しかった。タラの芽よりも、コシアブラよりもおいしい。強壮、利尿にも効果があるとか。言うことなし。







夕方、イチゴ畑のまわりに棒を15本立てる。網をかけるのは、イチゴが赤くなるころ。

ニュースを見ていると、腹が立つより、気分が悪くなる。森友学園、加計学園に関していえば、だれが見ても黒。それを白といいくるめるほうもほうだが、それを論駁できないほうももふがいない。


Thursday May 18, 2017










Wednesday May 17,2017

朝、辰野中学校へ。新年度最初の「読み聞かせ」。3年生のクラス。何を読むか迷ったが、以前に来たことがないクラスとのことで、「追憶の60年代」から「風に吹かれて」の一部を読むことに。最初に「ボブ・ディランを知っている人」という問に、2つの手が上がった。先生と、ひとりの男子生徒。昨年ノーベル文学賞をもらったといっても、中学生にはあまり、印象に残らなかったかも。

そのあと松本へ。2コマのクラス。最初のクラスは明らかにぼくの準備不足。気をつけなければ。帰路の入院中の友人を訪ねる。だいぶ良くなったとのこと。来週木曜日には、リハビリをかねて別の病院へ移るとのこと。アウトドア派だけに、3か月の入院はきつかったようだ。

ほたる祭りライブのパブリシティをしなければと思いながら、なかなか集中できない。明日ということに。


Tuesday May 16, 2017

今日は朝から畑仕事。2の畑を耕し、レーキをかけたいらにし、数種の花の種をまく。昨年はここに冬瓜とゴーヤの苗を植えた。今年はこの2つは3の畑にもっていくことにする。





今朝庭に出て気づいた。かりんの花が咲いている。「自己主張」をしない静かな花。2日前、この木の下で写真を撮ったときにはまだ咲いていなかった。







今、裏山が新緑で美しい。安野光雅の世界。


明日は今年度最初の中学での読み聞かせ。


Monday May 15, 2017

午後2コマのクラス。気持ちのいいクラス。

朝起きて外へ出ると、ツツジが咲き始めていた。レンゲツツジのだいだい色は実に鮮やか。帰路、アジーナに寄り、苗に被せるプラスティックの帽子をワンセット購入。ワンセットに5つの帽子。





田中研二コンサートが終わり、次はいよいよ「ほたる祭りライブ」。いろいろ準備しなければいけないのに、疲れていて頭が働かない。今夜はこれで寝ることに。


Sunday May 14, 2017

記念写真を撮ったあと、田中夫妻を岡谷駅まで送る。そのあと、オーリアッドへ行き、昨夜の後片付け。







午後3時からSBCラジオで「フォークシンガー三浦久とオーリアッドの仲間たち」という番組が流れた。昨年11月以来様々なイベントで小森さんの取材を受けてきた。まとめるのが大変だろうと思っていが、見事にひとつのストーリーにまとめられていた。飯田まで中川五郎さんに取材にいったとは聞いていたが、ぼくのほうが年上であることを除いて、ポピュラー音楽のあらゆる分野でぼくの先輩である五郎さんの言葉はありがたかった。

番組が終わってしばらくして電話がなった。赤坂さんだ。「よかったですよ」と一言。その後、「聞きました」とのメールや電話がいくつか。感謝。

夜、ほたる祭りライブで朗読してもらう最後のエッセイをまとめる。遅れてしまって、迷惑をかけてしまった。


Saturday May 13, 2017















Friday May 12, 2017

今日も外の仕事。朝食後、家人が仕事に出かける10時まで、茄子、ピーマン、ゴーヤ、冬瓜、トマト、韓国トウガラシ、夕顔の苗を植える。昼食後、木瓜の藪を剪定。少しはすっきりした。

赤紫の牡丹が咲いているのに気付いた。花の重みで下がっていたので、支柱を立てて上げてやることに。







いよいよ、明日田中研二コンサート。楽しみだ。


Thursday May 11, 2017

今日から公民館で「歌で学ぶ楽しい英語」講座が始まった。月2回、第2と第4木曜日。午後1時半から。全8回。登録した人は11名だったが、今日は1名欠席、10名出席。発音記号の解説のところで、張り切り過ぎたかもしれない。「歌で学ぶ苦しい英語」だという声も聞こえたきた。しかし1時間30分のクラスが終わったときには多くのみなさんから「楽しかった」の声。よかった。

その後、家に帰り、半分壊れた芝刈り機で芝を刈る。モグラ塚のあとがいっぱい。土ぼこりがすごい。

夕方、アメリカのメーカーに注文しておいた Klos guitar が届く。小ぶりで軽い。どこへでも持ち運べそう。音も悪くない。



夜、ジブランの会。ぼくは8時頃、コーヒーを淹れに行く。

いよいよ明後日は田中研二コンサート。多くの人に是非聞いてほしい。


Wednesday May 10, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。







Tuesday May 9, 2017

藤の花がようやく咲き始めた。昨年より10日ほど遅い。






隣の潔さんに裏の物置の移動を頼んだら、早朝にきて、文字通り「朝飯前」に、ジャッキとコロを使って移動してくれた。もの凄い能力である。







Monday May 8, 2017

2コマのクラス。午後。南箕輪村。今日の歌はAzazing Grace. 昨年見つけた Celtic Thunder の YouTubeを見る。彼らの口の形は発音を教えるのに好都合。https://www.youtube.com/watch?v=Qni5bIN5qmU

夜、「ひびき」のメンバー池上さんに読んでもらうエッセイを林さん経由で送る。これはぼくが昔書いたものを少し手直ししたもの。林さんから夜遅くに返信があった。「素敵なライヴになりそうですね。緊張しつつ、楽しみにしています」と書かれていた。林さんは、3月の「ひびき」の発表会の際、真剣に、熱心に、ぼくの書いた文章を読み、見事にまとめてくれた。そのおかげで発表会は大成功だった。だから彼女からそういわれると、ほたる祭りライブもうまく行くだろうと思えるから不思議である。


Sunday May 7, 2017,

6月3日のほたる祭りライブに朗読の会「ひびき」の林さんに読んでもらう文章を決め、メールで送る。これはぼくの書いたものではないが、ドナルド・トランプの大統領就任式の翌日、サンタローザ時代の知り合いとのかかわりの中で見つけた文章。林さんから早速返事がきた。「すばらしい文章ですね!近頃考えさせられていたことなどと重なって、深く共感しました」と書かれていた。よかった。。


Saturday May 6, 2017

オープンマイク、初回出演順(敬称略):高山正、坂井俊水、ふあ、原田和恵、赤羽真理、三浦久。

松川村から高山さんがやってきた。前から彼は誰かに似ていると思っていた。ジャイアンツの長野(ちょうの)にそっくり。ぼくは、改作なった「ありがとう、ミスター・コーエン」を歌ったが、めちゃくちゃになってしまった。「六朗」はかなりよくなった。高山さんは以前新聞配達をしていたことがあり、成瀬さんの家にも配っていたとのこと。そういえば、成瀬さんは池田町の人が浅原六朗について書いた本の装丁をしたことがあると言っていた。永田さんだろうか。いろんなところでつながっている。














Friday May 5, 2017

子供の日。長男と次男のための鯉のぼりを今日は遠くニュージーランドの雅樹を思って、白樺の木に綱を張って上げる。








Thursday May 4, 2017

エッセイの校正を送る。数か所書き換え、パラグラフとパラグラフの間のつなぎ言葉を吟味しているうちに意外と時間がかかってしまった。かなり読みやすくなったと思う。

午後遅く村を回る。どこの家の庭にも花が咲き、この村は文字通り「花の村」。静かな落ち着いた村。1982年3月、この村に戻ってきた。いろいろあったが、ぼくの決断に間違いはなかった。スティーブ・ジョブズが、リード大学を半年でやめたことに対し、あとから振り返って、「これは私が私の人生で下した最高の決断の一つ」と述懐しているが、ぼくもこの村に帰ってきたことに対して同じ思いをもっている。










Wednesday May 3, 2017

一年に一度、子供の日のために、物置から5月人形を取り出して飾る。これは家人の今は亡きご両親から、長男の最初の端午の節句を祝っていただいたもの。息子たちが成長して、家を出たあとも、毎年飾っている。いろんな意味で、初心を思い出させてくれる。











雑誌ERISに載せてもらうエッセイの校正をほとんど済ませた。明日もう一度見直して送りたいと思う。ぼく自身の文章力のなさにあきれかえりながら、それでもなんとか辻褄のあう文章にしたいと悪戦苦闘。文章を書く上で一番嫌われるのは「剽窃」。英語では plagarism という。今日、英語に self-plagiarism という言葉があることを知った。「自己盗用」とは「自分の文書やデータとまったく同じものを、原典の引用なしに自分で再使用し、発表、文書化する行為」とのこと。困った。今度のエッセイは、かなり自己盗用が目立つ。
自己盗用にならないように文章を変え、意味のあるつながりにするのは至難の技。


Tuesday May 2, 2017

明日は憲法記念日で休日。授業はない。そのせいか今日は一日、ゆったりした気分。しなければいけないことはたくさんあるのだが。以前から頼まれていたプロフィールと今よく聞くアルバムについての400字ほどの文章を送る。

今よく聞くアルバムは The Best of Ralph McTell。半年ほど前、アメリカのfacebook friend からRalph McTell の Street of London をStreet of Tokyo として歌にできないかとのサジェスチョンを受け、取り寄せたアルバム。それまで Ralph McTell も Streets of Londonも知らなかった。今は、車のCDプレイヤーに入れてよく聞いている。

コーエンに関するエッセイの校正は今週末まででいいとのこと。助かった。

午後遅く、ほたる祭りライブの広告をお願いしに「たつの新聞」へ。それに「田中研二コンサート」(5月13日)と「ほたる祭りライブ」(6月3日)の記事を併せて書いてもらうようにお願いする。


Monday May 1, 2017

今日から5月。午後2コマのクラス in Minamiminowa。朝からどんよりした曇り空。今にも降りだしそうな。しかしクラスが終わって外に出たときは薄日が射していた。今日は山際の道路を通って帰ることに。今ハナモモの最盛期。きれいだ。数年前初めて道の両側に延々とハナモモの咲く道を通ったときなんてきれいなんだろう、と思った。確かに綺麗だが、あまり過剰な花は、下心が見え隠れするよう。花はひっそり咲くのがいいようだ。

 秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず―世阿弥 
 花はさかりに、月は隈なきをのみみるものかは―吉田兼好


それでもいくつかハナモモの写真を撮った。しかしハナモモよりぼくを目を楽しませてくれたのは夕陽に染まる南アルプスの山々と、その上の空だった。











Sunday April 30, 2017

いよいよ暖かくなって、畑の仕事が増えてきた。今日は農協へ、そして新たにできた農業資材販売店へいく。猿対策のネットとポールを購入するため。

農協では手ごろなものがなく、次の販売店へ行こうと車に乗り込もうとしたとき、後ろから「三浦さんですか」と声をかけられた。「ちょうどこのCDを聞いていたところです」と、手に『メッセージ』をもっている。これは評判がよく、かなり前から品切れになっているCD。歌詞カードを見せてくれたが、日付とサインまでしてある。今から17年ほど前に駒ケ根市で歌ったとき購入されたようだ。車の中でぼくのCDを聞いていたら、目の前にぼくがいたので、驚いたとのこと。ぼくも驚いた。現在は辰野町にお住まいとのこと。土曜の夜のオープンマイクにお誘いする。

南箕輪の国道沿いにできたお店に行くと、確かに開店セール中。安い。猿対策ネット3枚とポールを20本購入。

夜、明日のクラスの準備を少し。


Saturday April 29, 2017

オープンマイク、初回出演順(敬称略):ふあ、粟津原由子、井上喜久美、一ノ瀬悦子、坂井俊水、小森康夫、今井輝男、飯塚喜美子、三浦久、赤羽真理。

























Friday April 28, 2017

田中研二コンサート at オーリアッドも近づいてきた。5月13日。今日、再度facebookやメールなどでパブリシティを行う。田中さんと松本フォークビレッジで一緒だったという人から「都合がついたら行きたい」との連絡があった。松本フォークビレッジの存在を知らなかった。「広島フォーク村」のようなものが当時は全国にあったのに違いない。是非この方には来てほしいもの。今のところ順調に希望者は増えている。大阪や埼玉からきてくれる人もいる。

6月3日の「ほたる祭りライブ」に「ひびき」のメンバーに朗読してもらうエッセイを選択。そのままでは長くて使えないので、短縮する必要がある。これが難しい。あまり短縮すると面白みがなくなってしまう。「ひびき」の発表会はぼくの歌よりも朗読が主だった。今回は「歌」を主にしなければ。しかしその兼ね合いが難しい。発表会の構成はすべてメンバーの林さんがしてくれた。今更ながら、彼女の並々ならぬ情熱と努力に感謝。

夕方粟津原さんから電話。「今夜は歌声喫茶はありませんか」。お店までいったが、灯りがついていなかったとのこと。歌声喫茶は水曜日だったことを告げる。どこかで勘違いがあったのかも。明日の飛び入りライブに来てくれることに。


Thursday April 27, 2017

松川村の成瀬政博さんのところへ、ようやくプロフィールと演題を送った。演題は「ボブ・ディランにおけるプロテストソングの方法」。ちょっと難しそうだが、内容はディランとの出会いの話を含むパーソナルなものにしたい。昨年11月のシニア大学での失敗を繰り返さないように。

午後おそく村を一回り。一斉に咲き始めた花を撮りながら、北側の隣村まで歩く。垣内さんのローズガーデンの様子を見に。まだ薔薇には早く、咲いているのはハナモモや桜。誰もいないので、勝手に写真を撮っていたら、広い庭の片隅に動くものが。何かと思ったら奥さんだった。しゃがんで草取りをしていた。奥さんと話しているうちに、垣内さんが出てきた。「ルート66を運転してロスからシカゴまで行きたいが、通訳として一緒にいきませんか」と言う。丸山さんの歌の話をしてから、「雇ってくれるなら、行きますよ」と答える。実現は難しいだろうが、考えるだけでも楽しい。





















日本ハムがかろうじて11連敗を免れた。


Wednesday April 26, 2017

昼を挟んで2コマのクラス。その両方のクラスに小森さんの取材が入った。取材は入ったが、特別なことをするわけではなく、いつもの授業。特別なことといえば、今日の歌が「風に吹かれて」だったことか。それにしても以前から決まっていたこと。

昨年4月に比べて、ボブ・ディランという名前を聞いたことがある学生は大幅に増えたが、それ以外はあまり変わらない。歌詞を訳し解説し、いくつか発音の注意をし、音源を聞いて、歌う。現代の複雑なメロディやリズムのある歌を歌いなれている学生たちにとって、単純なメロディの「風に吹かれて」を歌うのはそれほど難しくない。すぐに覚えて歌えるようになる。

2コマ目が終わったあと、講師控室へ。小森さんを、マーク・ブライアリ―に紹介する。小森さん、流ちょうな英語で話している。さすがSophia University 外国語学部出身。

帰路、相沢病院へ。友人の顔も声も明るくなっていた。痛みもだいぶなくなり、今日は初めて歩行器をつかって少しあるいたとか。来週はゴールデンウイーク、学校がないので、お見舞いに行けない。2週間もすれば退院しているかもしれない。


Tuesday April 25, 2017

午前中、久々に畑仕事。3の畑に耕運機で3本の溝を掘る。そのあと、2の畑のハウスの中の草をとり、耕す。今年はハウスにはトマトとトウモロコシを植える予定。芝刈りも少ししたが、モグラ塚のせいでデコボコ。途中で断念。

昼過ぎ疲れて2時間ほど午睡。

夜オーリアッド。非公開の「ディランを語る夕べ」 with ドクターふあ&田中君。みんなディラン好き。談論風発。小森さんが2時間に及ぶ会話を、限られた時間の枠の中に、どう収めるか興味のあるところ。

夜、若干明日のクラスの準備。

そうそう松川村の成瀬さんから6/16のイベントに向けてプロフィールと講演の演題を送ってほしいとの電話。そうか、ぼくの中では講演をするという意識はなかったが、そうなるとしっかり内容を考えなければ。


Monday April 24, 2017

午後2コマのクラス。2コマ目のクラスが終わって外に出たら、見事な夕焼け。桜の花も咲いている。しまった、カメラをもってくるのを忘れた。農学部のある南箕輪村は四季折々実に美しい。特に春と秋。

夜、先日書いたエッセイを読み直す。うむ。言わんとすることはわかるが、種々のエピソードの繋がり具合がよくない。でも校正の段階で書き直すのは無理。誤字脱字の修正はできるが。

明日は非公開の「ディランを語る夕べ」 at Oread。小森さんの取材の一環。夜、その準備を少し。


Sunday April 23, 2017











Saturday April 22, 2017

碌山忌コンサート。

上條さんの車に乗せてもらって長野市へ舟木一夫さんに会いに行ったとき、八坂村の近くを通った。八坂とはよく言ったもの。村へ上る幾重にも折れ曲がった坂道が見えた。それで今日は「六郎」を歌うことに。この歌は何度か書き換えた。今日は歌い始めてもうひとつ乗れないなと思っていたら、やはり古いヴァージョンの「六郎」を歌っていたようだ。それにキーが低すぎて声が出なかった。完全に失敗したと思った。ところがコンサート終了後、大阪から4年前に安曇野に移住されたというご夫婦から「最初に歌った歌の歌詞をいただけませんか」と話しかけられた。早速お渡しする。それに、家人が言うには、池田町にお住まいの方が「感激しました」と言っていたとか。

  叔母に手を引かれ八坂の坂道を
  泣きながら彼は上っていった
  目に浮かぶのは高瀬川の流れ
  最後に見た母の悲しい顔  




















Friday April 21, 2017

お昼ごろまでに送りたいと思っていたが、結局送ることができたのは夜9時前だった。中学生の作文のようなエッセイになったしまったが、今のぼくにはこれが精一杯。タイトルも中学生っぽいかも。先日松本亨さんの『英語と私』について語ったのが残っていたのか、「レナード・コーエンと私」になった。字数 10311。原稿用紙に換算したら優に50枚はある。見直しもあまりできなかったので、校正の段階で手を入れさせてもらおう。



桜の花が昨日より少し増えた。曇っているので、はっきり見えないが。

Thursday April 20, 2017

終日、エッセイ。今日中には送りたいと朝から頑張ったが、最後がまとまらない。仕方なしに夕食後、もう一日待ってもらいたいとメールを打つ。やはりどこかで錚々たる執筆陣を前にして怖気づいているのかもしれない。どんなに背伸びしても、自分の能力以上のものは書けないのに。でもいろいろ勉強になっている。レナード・コーエンについて、前よりさらに詳しくなった。

3日連続ジェラルディンの写真。彼女は中学と高校と1年ずつ飛び級して15か16で UCSBに入学した。ぼくが会ったときはまだ17歳だった。ドイツで生まれて、赤ちゃんのときに、マウンテンヴューに住むアメリカ人夫妻の家に養子として迎えられたと言っていた。今どこで何をしているか。マウンテンビューといえばシリコンバレーの中心。スティーブ・ジョブズもこの町で育った。スティーブが5歳のときジェラルディンは10歳。どこかで接点があったかもしれない。



土曜日は「碌山忌コンサート」。その準備もしなければ。明日はできるだけ早くエッセイを仕上げてしまいたい。

そうそう、3年前、長男の結婚を記念して桜の苗木を植えた。今朝見たら、その木に花がひとつ咲いていた。青空に映えて美しい。今にも咲きそうな蕾もいくつか。楽しみだ。



他の花もいろいろ咲いていて、庭が賑やかになった。




Wednesday April 19, 2017

お昼を挟んで2コマのクラス。先週より、両クラスとも、歌うときの声が大きくなっている。よかった。今日は先週の閉鎖音に続いて、一気に、鼻音、側音、摩擦音、破擦音を説明する。というのは今日はLittle Child を歌うので。Little Child は閉鎖音を学ぶための宝庫である。

午後3時、今日も相沢病院へ友人のお見舞いに。先週は苦しそうだったが、今日は部屋へ入っていくと、分厚い本を読んでいた。顔色もいい。だいぶ良さそうだ。何度行ってもこの病院は迷路のよう。侵入した敵を欺く城のよう。

帰路、山麓線入口のファーマーズマーケットに寄る。ゴボウ、山芋などを購入。ソフトクリームはパス。途中、道の横の駐車スペースで10分ほど仮眠。疲れている。

夕食後、エッセイ。いよいよ切羽詰まった。でも前に進めない。困った。今夜は早く寝たほうがよさそうだ。


Tuesday April 18, 2017

終日、エッセイ。遅々として進まず。しかしなんとか形になりつつある。材料はある。あとはいかに料理するか。あと1日。

3日連続、スチュアートの写真。


それにGeraldine。
She was just seventeen
You know what I mean.




Monday April 17, 2017

午後2時40分から2コマ、南箕輪村。十分に用意をしてでかけたつもりが、リスニング教材のCDを忘れていたり、先週学生に配ったハンドアウトのオリジナルが見つからなかったり、ちょっと慌てた。2コマ目が終わって機材などを片づけ、外に出たら土砂降りの雨。傘は車の中。カバンを頭に乗せて車まで走る。

家に戻り、エッセイの続きを書こうとしたら、保存した場所が見つからない。タイトルを変え、保存場所も変えたのがいけなかった。しらみつぶしにファイルを開け、1時間後にようやく出てきた。よかった。よかった。

スチュアートの写真は2枚出てきた。この写真の彼は髭をそり、髪もきっちんとしている。着ているものはヒッピー風だが。横にいる女の子はジェラルディン、「サンタバーバラの夏」のコーラスに登場する Geraldine である。

    
Charlotte, Elaine, Ingrid and Jan
    Geraldine and Kay どうしているだろう
    映画は終わり、明かりがついて
    ただ後姿ばかり





Sunday April 16, 2017

昨日、以前に訳したコーエンの歌詞カードを探していたら、スチュアートの写真が出てきた。真ん中にいる髭面の男がスチュアート・プレスリー。1968年、メキシコオリンピックの最中、「アメリカが金メダルを取り過ぎて恥ずかしい」と言った男。

昨日メールがあった。京都に戻ったようだ。高野山三宝院のあと奈良に数日滞在し、そのあと永平寺へ行ったとのこと、永平寺では朝4時に起きて坐禅をしたようである。Had a mixed feeling. と書いてあった。おそらく、永平寺の「商業主義」について何か感じたのではないか。



Saturday April 15, 2017

オープンマイク、初回出演順(敬称略):三浦久、粟津原由子、小森康夫、丸山俊治、森嶋和也、福島明美、赤羽真理。
今夜はSBCラジオの小森さんから、オーリアッドでよく見かける視覚障碍者の方にインタビューしたいとの依頼を受け、粟津原さんにきていただいた。オープンマイク開始前、粟津原さんを小森さんに紹介する。福島さんにお会いするのは何年振りのことか。驚いたことに福島さんと粟津原さんは旧知の仲とのこと。偶然十数年ぶりに再会したとのことで、ふたりとも喜んでいた。「出会いと創造」の空間を創りたいと、30数年前、オーリアッドを始めた。物事はぼくが夢見たようには進まなかった。それでもこんな出会いを目撃すると、まだオーリアッドにも少しは存在意義があるのかもしれない。先週坂井君とやってきた森嶋君が Let It Be を歌ってくれた。最後に赤羽、丸山、三浦の3人で、久々に Amazing Grace。



















Thursday April 13, 2017

今日は、朝からレナード・コーエンに関するエッセイを書く。構想は一応ねってあるのだが、なかなか構想通りに進まない。あれもこれもと欲張りすぎてしまう。書きたいことが出てきてまとまらない。いくつかの本も並行して読んでいる。

今夜ジブランの会のコーヒーをいれにもっていった本は: Michael Fournier & Ken Norris, Take This Waltz A Celebration of Leonard Cohen.


Wednesday April 12, 2017

松本へ。2コマのクラス。2講時のクラスは理学部。昼を挟んで3講時は教育学部。いずれもいいクラスになりそうだ。教室は以前よく使っていた4階の40番教室。この教室はずっと前は音楽教室として使われていたとのことで、壁は防音壁になっている。大きな声で歌っても迷惑がかからない。しかしコンピュータを授業に使うようになってからは、なぜかこの教室の無線ランの調子が悪く、ときどき事務局の人を煩らわせなければならなかった。そのため最近は23番教室を割り当てられていたが、昨年改修工事が行われ、40番教室のコンピュータを使う環境がよくなっている。5,6年前から使われていた使いづらい変則的な机も撤去され、普通の机に置き換えられた。今日は2コマのクラスの間、コンピュータに関しては何の問題も生じなかった。

問題は、4階まで階段を上るのが困難になっていたこと。この教室を以前使っていたときは、ひょいひょいと駆け上がることができたのに。老いがひしひしと押し寄せている。

帰路、相沢病院へ、友人のお見舞いに。日曜日に会ったときより今日はしんどそうだった。痛みが激しいらしい。痛むのは辛い。なんとかならないものか。

ペギー葉山が亡くなった。印象に残るいい歌がたくさんある。享年83歳。「南国土佐をあとにして」を、中学2年の時、蓼科登山の宿舎で、松田賢二君と女装して歌ったことが思い出される。四国遍路の旅の途上、高知の中央公園近くの「はりまや橋」を見に行ったこともなつかしい。



夕食後、仕事部屋に行こうと階段を上ろうとしたら、リビングのフロアがかなり明るい。窓を開けたら、大きな月。調べたら満月は昨日だった。しかし、今夜の月も満月といっていいほどに美しい。


Tuesday April 11, 2017

朝11時、定期検診のため町の病院へ。診察を終え、会計をすませようと待っていると、高校時代の同級生の奥さんが通りかかった。どうしたのかと聞くと、「主人が腰の圧迫骨折で入院している」とのこと。3月の半ばごろかららしい。部屋の番号を聞いてお見舞いに。部屋に入っていくと、横になってテレビを見ていた。ぼくを見ると破顔一笑、にこやかな顔つきだったが、すぐに痛そうに顔をしかめた。かろうじて歩行器を使ってトイレにはいけるようだが、辛そうだ。1月ごろから痛み始め、痛みをこらえて車に乗っていたが、耐えられず入院したとのこと。酒の好きな男だったが、入院以来厳禁とのこと。

先日の日曜日は別の友人の見舞いに松本へ。彼は骨折はしていないが、腰痛治療にもう1か月半も入院しているとのこと。最近は、脊髄に細菌が入ったとかで痛みが激しく、トイレにもいけないとのこと。日頃、元気で気丈夫な人だけに、気の毒だ。明日は松本へ行く日。帰りに様子を見に行こう。

今朝、パソコンの不調が一気に直ってしまった。ポップアップと音を止めよう、いろいろ触ったときに「すべての JavaScriptをブロックする」にチェックを入れてしまったようだ。そのチェックを外して再起動したら、画像が見えるようになった。

今日は朝からかなり激しい雨。気温も低く肌寒い。


Monday April 10, 2017

今年度最初のクラスは南箕輪村。2コマ。前期は変則的に昨年に続いて4講時と5講時。4講時は2時40分開始。印刷するハンドアウトが多いので1時過ぎに家を出る。事務局の人の助けを借りて、最新のコピー機で大量の資料を素早く印刷することができた。両面を同時印刷できることは知っていたが、3枚のA4の資料を1枚目は両面に2枚目は表だけに印刷して、同時に70部がトレイに排出されてきたときは驚いた。

1コマ目では、昨年ぼくのクラスを受け単位もとれたが、もう一度履修したいという学生がいた。理由を聞くと、留学をしたいからだという。意欲ある学生は大歓迎。2コマ目のクラスでは、昨年単位を落とした学生が2人、編入生が3人。単位を落とした学生1人はぼくのクラスを落としたらしいが、よく聞くと、出席が悪くて試験も受けなかったようだ。今年はしっかりやってほしい。もう1人の学生は他のクラスを落としたが、「三浦先生のクラスは落とすのが難しい」と聞いたので是非とりたいとのこと。うむ。正直でよろしい。

今年も最初の歌は All My Loving。そうそう、1コマ目のクラスで、「今年はボブ・ディランの歌を2曲歌います」と言い、「ボブ・ディランを知らない人はいますか?」と聞く。手は上がらないだろうと思っていたが、あにはからんや、3人の手があがった。昨年はほぼ全員の手が上がった。前列にすわっていた学生に「ボブ・ディランをどうして知ってるの」と聞くと「ノーベル賞をもらった人」という。今年は前期、Blowin' in the Windと Times, They Are A-Changin' を歌う。

一週間ほど前から、パソコンの調子がわるい。ポップアップが音と共によく出てきて、煩わしいことこの上ないので、それを止めようと、いろいろいじっていたら、画像が出てこなくなってしまった。facebookにもあまり投稿ができなくなってしまった。エッセイを書くことはできるが、何か調べようと移動するときが不便である。エッセイの締め切りがせまってきた。何とかしなければ。


Sunday April 9, 2017

午後7時半過ぎにケイタイが鳴った。果たして、高野山の宿坊に滞在しているスチュアートからだった。学生時代、ものすごく無口で、話すときもかなり低い声でぼそぼそ話した男が、饒舌な高い声で話す男に変わっていた。1968年10月のメキシコオリンピックを一緒にテレビを見ていて、彼が「アメリカが金メダルを取り過ぎて恥ずかしい」といった話しをすると、「それは覚えていないが、アメリカは今でももっと謙虚になる必要がある」と言った。

彼は奥さんとサンタクルスに住んでいて、今回奥さんと一緒にサンタフェの禅センターが企画したツアーに参加したとのこと。彼は長い間、大工として働いてきたが、いまはリタイヤ―して、写真を撮ったり詩を書いたりしているとのこと。近々詩集が出るので、1冊送るという。お礼にぼくのCDを送る約束をする。

電話を切ったあと、彼の旅行の日程が送られてきた。それによると、4月4日から7日まで京都の南禅会館に泊まり、そのあと高野山にきて、3泊し、それから奈良へ行き、4月15日には永平寺へ行くことになっている。そのあと再度京都へ行くとのこと。ぼくは明日から学校が始まり、他にもいくつか予定があり、会いにいけそうもない。でも、彼とこうして連絡がとれただけでもありがたい。半世紀近く、会いたいと思っていた人である。




Saturday April 8, 2017

オープンマイク、初回出演順:坂井俊水、森嶋和也、原田和夫、三浦久、赤羽真理。

今夜は坂井君の保育園のころからの友、森嶋君初登場。ピアノで Let It Be などを披露してくれた。
坂井君には赤羽さんの「千両梨の実」にギターで参加してもらった。これが素晴らしかった。そこでみんなで最後に「風に吹かれて」を演奏。
ぼくは今日は4月22日の碌山忌コンサートの準備として「碌山」と「次郎」を歌ったが、「次郎」のコードをすっかり忘れていて、試行錯誤、ああでもないこうでもないと、無様な演奏。当日までまだ少し日がある、練習しなければ。問題は、昨年の碌山忌コンサートの前に骨折した左手が長時間ギターを弾くと痛むこと。

















                       ■

午後、三宝院に電話をしサンタフェの禅センターからの一行が着いているか聞く。まだついていないとのことだった。スチュアート・プレスリーにぼくのケイタイの番号を伝えるようにお願いする。しかし、今夜彼からでんわはかかってこなかった。団体で旅行をしているので、スケジュールの都合で、難しかったのかもしれない。1969年8月、サンタバーバラをあとにしてから、折につけ彼のことを思った。でも連絡のしようがなかった。こうして50年近く経って再会できるというのは本当に嬉しい。今回は声だけの「再会」かもしれないが。

Thursday April 6, 2017

3月末に留守してあいだに、たくさんのメールが入っていて、帰ってきてすぐチェックしたのだが、見逃していたものがいくつかあった。昨日は、コーエンの最後のアルバム You Want It Darker のぼくの訳について書いてくれた埼玉在住の方のメールが出てきた。とても丁寧に訳やライナーを読んでくださったようで、ありがたいことである。

もう一つは今日はスチュアート・プレスリーが3月20日に出したメールが迷惑メールのフォルダーから出てきた。スチュアートはUCSB時代、一時とても親しかった友人。数学専攻の背の高い痩せた男だった。彼のことで一番覚えていることは、Surfriders Apartment のレクレーションルームでメキシコオリンピックのテレビを見ていたとき、「アメリカが金メダルを取り過ぎて恥ずかしい」と言ったこと。

彼は今日本を旅行中とのこと。I'm on a tour group with  the Upaya Zen Center of Santa Fe, NM.We are at hotel near Nazenji, Kyoto.Tomorrow we go to Mt. Koya. Lodging is at Sanboln.

ぼくが彼を知っていたとき、彼は禅には興味がなかったと思うが、今や、ニューメキシコのサンタフェにあるウパヤ禅センターの仲間と仏教のモナスタリー訪問のツアーをしている。明日は高野山の三宝院に泊まるとのことなので、三宝院に電話をしてみよう。


Wednesday April 5, 2017

午前中、久々の畑仕事。冬中、イチゴの苗にかけていた藁を取り除き、マルチをかけ、あけた穴からイチゴの苗を出す作業。イチゴを育てるには時間がかかる。仮植え、本植え、藁を敷いたり、マルチをかけたり。赤く実るころには猿対策に追われたり。それでも毎年イチゴを育てる。それは自家製のイチゴは美味しいから。

フキノトウがあちこちに顔を出していた。天ぷらにしてお昼にいただく。これは美味。







レナード・コーエンに関するエッセイについて、ニュージーランド滞在中、いろいろ構想を練り、遠路会いにきてくれたポール・Dが教えてくれたコーエンに関する本 をKindle で読んでもいたが、いざ書くとなるとなかなか進まない。まだ機が熟さないということか。


Tuesday April 4, 2017

午後ふあさんの紹介で成瀬政博さんとお会いする。成瀬さんは松川村9条の会代表で、「ボブ・ディランと9条」というイベントを考えているとのことで、出演を依頼される。もちろん二つ返事で参加させてもらうことに。成瀬さんは、週刊新潮の表紙をもう20年以上も描いている画家で、同時に詩人でもあるとのこと。驚くことに、一世を風靡したイラストレーター横尾忠則さんの実弟である。成瀬さんは、どちらかというと、お兄さんよりもふあさんに似ている。特にそのやわらかい雰囲気が。SBCの小森さんもあとから取材に駆けつけてくれた。





10日間のNZへの旅の疲れがようやくとれてきた。来週からは学校が始まる。その準備もしなければならない。


Sunday March 26, 2017







Saturday March 25, 2017








Friday March 24, 2017









Thursday March 23, 2017








Wednesday March 22, 2017










Tuesday March 21, 2017

今朝も雅樹と一緒に学校へ。














Monday March 20, 2017

月曜日。家人とふたりで雅樹を小学校へ送っていく。Spreydon School という小学校。ニュージーランドでは5歳になると、次の日からでも小学校に入学できるらしい。だから、一斉の入学式はない。NZの学校制度についてはまたあとで触れることにする。残念ながら、他の子供たちの写真は撮らないようにとのことで、子供たちが遊ぶ光景は撮れなかった。







学校へ雅樹を送ったあと、次男にクライストチャーチの中心部へ行くために送ってもらう。5年前にきたときは、地震の翌年で、壊滅的な被害を受けたこの部分は壁で囲まれていて中に入れなかった。今回は壁は取り除かれているが、復興はあまり進んでいないようだ。

クライストチャーチのシンボルともいうべき大聖堂は未だに復旧の見込みがたっていない。もとの姿に復元するか、まったく新しいものにするか意見が分かれて、結論がいまだに出ていないようだ。「日本は復興が早くて羨ましい」と何人かの人にいわれたが、それは隣の芝生というものだろう。



崩れた大聖堂の一時的な聖堂が、近くに建てられている。これは日本人の建築家、板茂(ばん・しげる)氏設計によるボール紙でできた教会として話題を呼んでいる。





紙の大聖堂を見たあと、アートギャラリー近くのレストランでお昼を食べる。ニュージーランドへくると必ず食べるのがフィッシュ&チップス。イギリスの伝統的な素朴な食べ物。白身魚のフライとポテト。初めてこれをワイトモで食べたときは確か4ドルぐらいだった。今は20ドル近い。ニュージーランドの物価は最近急激にあがったと次男がこぼしていたが、その原因は最低賃金の引き上げらしい。
15ニュージーランドドルとのこと。1ドルが80ドルとして計算すれば、ほぼ1200円になる。



そのあと、ハグリー公園、特にその一角にあるボタニカル・ガーデンへ。ここはいつきてもいろんな花が咲いていて飽きることがない。












Sunday March 19, 2017

日曜日。近くの公園へ雅樹と行く。彼は脚漕ぎスクーター。上手いもんだ。

広い公園。小さな子供を連れた家族がブランコで遊んでいた。









今年の1月に引っ越した次男の家。実はこの家はリンが育った家で、彼らが通ったヒルモートン高校の近くにある。黄色い葉をつけた木は、ニセアカシア pseudo acacia 。その左の生い茂った木は白樺とのこと。白樺 silver birch ながら、幹はかなり黒っぽい。気温の低いところでは幹が白くなるらしい。ということは辰野はクライストチャーチより寒い。ロシアの白樺は真っ白だ。




Saturday March 18, 2017

夕方6時近く、クライストチャーチ空港へ到着。家を出てから24時間近く経っている。次男が迎えにきてくれていた。リンも雅樹もとても元気そうでよかった。それに生まれたばかりの Chiaki Laura Miura もかなりしっかりした顔つきをしている。次男のミルクを飲ませる姿も堂に入っている。







今夜は疲れているので早めに寝ることに。


Friday March 17, 2017

格安運賃の China Airline で午後2時半、成田から出発。二人で17万円は、JAL の直行便なら一人分の安さ。しかし当日搭乗するまで知らされていなかったのは、台北を出たあと、メルボルン経由でクライストチャーチへ向かうということ。体力的にはチャレンジングであったが、安いにこしたことはない。

飛行機の翼の美しさに魅了される。



台北からメルボルンに向かう機内で、Best Actress賞をはじめ6つのグラミーを獲得した La La Land を見る。閉口したのは、冒頭のシーンは渋滞する高速道路の喧騒の中で歌ったり踊ったり。セリフが聞き取れない。しかも字幕は中国語。途中から、徐々に聞き取れるようになり、最後は大いに楽しませてもらった。

古き良きアメリカ映画を思わせる作り方。最後の5分の夢想シーンは、誰もが心の奥底にもっている思いかもしれない。この5分がこの映画を意味深いものにしている。


Thursday March 16, 2017

今日は、一日、森友学園関係のニュースがテレビをにぎわした。よくわからないが、籠池氏は、今まで彼を支えてきた人たちが手のひらを返したように、知らぬ存ゼずを決め込んだことに、意を決して真実を語る決心をしたのではないだろうか。国会は23日に籠池氏の証人喚問を行うようである。あれほど明確に知らぬぞんぜずを決め込み、関与を否定したのに今更認められないだろうと思うが、彼らのことである、どういう奇策を使ってくるか。「私の記憶ではそうだった」と例の口実を持ち出すのだろうか。

今日は『嫌われる勇気』の最終回。正直なところ、全10回前半の5回は面白くなかった。でも終わりになるにつれて徐々に面白くなった。アドラーについてどれだけ知識が増えたかわからない。ただ、「それは私の課題ではない」といういい方だけは確実に覚えた。あるいは「それは私の課題であり、あなたの課題ではない」と言う方も。

嫌われたくないと他人の課題を引き受けすぎるのも問題であるし、同時に自分の課題を他に委ねてしまうことも問題である。月並みないいかたではあるが、「自分の人生は自分で生きなければ」。

まさに仏陀が臨終の間際に語ったという言葉:

  
All component things are subject to decay
  Work out your own salvation with diligence



Wednesday March 15, 2017

茨木のり子さんの詩集は『自分の感受性ぐらい』『倚りかからず』の2冊をもっている。しかし彼女について個人的なことは何もしらなかった。調べてみたら、彼女の夫、三浦安信さんは医師で、北里病院の勤務医として働いていた1975年、肝臓癌で亡くなった。享年56歳。彼女はそのとき49歳。以後30年間独り暮らしをして詩を書いた。夫への思いをつづった詩は、「照れくさいから」という理由で死後まで発表されなかった。その奥ゆかしさが、いい。

「古歌」

古い友人は
繃帯でも巻くように
ひっそりと言う
「大昔から人間はみんなこうしてきたんですよ」

素直に頷く
諦めきれないことどもを
みんななんとか受けとめて
受け入れてきたわけなのですね

今ほど古歌のなつかしく
身に沁み透るときはない
読みびとしらずの挽歌さえ
雪どけ水のようにほぐれてきて

清冽の流れに根をひたす
わたしは岸辺の一本の芹
わたしの貧しく小さな詩篇も
いつか誰かの哀しみを少しは濯(あら)うこともあるだろうか



Tuesday March 14, 2017

町の図書館を最近利用するようになった。返却日が近づいてきたので、借りていた5冊を返しにいく。その中の『歳月』という茨木のり子の詩集をまだ読んでいなかったので、返却する前に読む。エッセイ集や小説ならそう簡単には読めないが、その点詩集は簡単に読める。簡単には読めたが、この詩集は手元においておきたい。素晴らしい。近いうちに Amazon に注文しよう。亡くなった夫に語りかけるように書いたことばの数々。しかも彼女は「照れくさいから」とこの詩集が出版されたのは彼女の死の一年後。

「なれる」

おたがい
なれるのは厭だな
親しさは
どんなに深くなってもいいけれど

三十三歳の頃 あなたはそう言い
二十五歳の頃 わたしはそれを聞いた
今まで誰からも教えられることなくきてしまった大切なもの
おもえばあれがわたしたちの
出発点であったかもしれない

狎れる 馴れる
慣れる 狃れる
昵れる 褻れる
どれもこれもなれなれしい漢字

そのあたりから人と人との関係は崩れてゆき
どれほどたくさんの例を見ることになったでしょう
気づいたときにはもう遅い
愛にしかけられている怖い罠

おとし穴にはまってもがくこともなしに
歩いてこられたのはあなたのおかげです
親しさだけが沈殿し濃縮され
結晶の粒子は今もさらさらこぼれつづけています



Monday March 13, 2017

松本へ買い物にいこうと朝、家人と話したが、結局岡谷へいくことに。岡谷には昨年新装なった Lake Walkなるショッピングモールがある。いろんなテナントが入っていて便利である。次男の家族が数年前に滞在したとき、お土産にエプロンをたくさん買っていった。それを思い出し、お土産にカラフルなエプロンをいくつか購入。

信大の学生が犯した殺人事件が大きく新聞やテレビに取り上げられている。しかも事件を犯した学生も自殺してしまった。真相は永久に封じられてしまった。

似たような事件が相次いでいる。こころを病む人が増えている。他者に危害を加える場合もあれば、自分に危害を加える場合もある。

キング牧師の次のことばは示唆に富む:You have been the veterans of creative suffering. Continue to work with the faith that unearned suffering is redemptive.
 みなさんは創造的苦悩のベテランである。不当な「苦悩は贖われるという信念をもってこれからも努力してください。

「創造的苦悩」とは、耐え偲ぶことによって何かがが創造されるような苦悩。



Sunday March 12, 2017

朗読の会ひびき主催の「おはなしを聴くひととき」は、ひびきのメンバーたちの積極的なパブリシティーのおかげで、希望者が多く、数日前に50名で締め切ったとのことだが、当日も含めかなりの人数の方が聞きにきてくれた。CDを買ってくださったかたも多かった。

その中に、今日ぼくが歌った歌の中では「私は風の声を聞いた」が一番よかったという方が何人かいた。これには驚いた。この歌はぼくの最初のオリジナル曲。考えてみれば、いろんな場面でこの歌に助けられてきた。この歌がなかったら、今でも歌い続けてはいなかっただろう。

今日は全体の時間の都合があって、それぞれの歌を短縮したり、繰り返しの部分は省略したりして歌ったが、「私は風の声を聞いた」にしても、四弘誓願を繰り返さず、1回だけにしておいてよかったのかも。


Saturday March 11, 2017

13:00から、朗読の会「ひびき」主催のお話を聴くひととき。「ひびき」のみなさんのおかげで大盛況だった。「ひびき」のすべてのみなさんに、そして特に、ぼくのエッセイを丹念に読み、断片的な逸話を繋ぎ合わせ、ひとつの物語を構成してくれた林さんに、感謝。

今回のイベントを通して、24のときに書いた「父よ」という歌を再発見した。1945年9月27日に嵐の海の中に沈んでいった父のことを、2011年3月11日、大津波に飲み込まれて亡くなった多くの方々との関連で考えた。歌いながら感極まって何度か言葉が出なくなったが、「プロ」のパフォーマーとしてはこれは拙い。注意しなければ。

夕方、「ひびき」のメンバーの鈴木さんから、伊那市在住の著名な華道家から「感動した」という主旨の電話をいただいたと連絡を受けた。ありがたいことである。そういえば和服姿の素敵な女性をお見掛けしたような気がする。







土曜の夜のオープンマイク。初回出演順:高山正、松下元英、丸山眞弓、丸山真美香、原田和恵、中島裕志、長島功。

少人数の参加者になると思っていたが、蓋を開けたら、賑やかなオープンマイクに。中島さんは、3.11、何かしなければと、いてもたってもいられず、上田にある戦没画学生の慰霊のための美術館「無言館」を訪れたとのこと。そのあと立ち寄ってくれた。丸山さん親子が歌ってくれた「世界に叫べ」は娘の真美香さんが相模原障害者施設での襲撃事件について書いた詩にお母さんの眞弓さんが曲をつけた歌。ある意味 3.11にふさわしい歌であるように思えた。

ひびきのメンバー赤羽さんが塾で教えた2人の高校生を連れてやってきた。4月から一人は札幌の、もう1人は仙台の大学に進学するとのこと。赤羽さんが彼らを励ます文を読み、ぼくが赤羽さんのリクエストで、長男が大学進学のために、家を出ていった日に書いた「旅立つおまえに」を歌う。

後半、長島君が、久々に息子を連れてやってきた。息子のサトル君は高校時代ラグビーを一生懸命やっていたが、いよいよ4月から関東の大学に入り、小学校の英語教師になる勉強をするとのこと。お父さんが歌った歌は、息子へのはなむけの歌「ノーサイドの笛」。試合が終われば、敵も味方もないノーサイド、信じた道を行け、と歌う。

松下さんは4月12日(水)、飯田のふぉので行われる豊田勇造ライブのポスターをもってやってきた。



















次回のオーリアッドのオープンマイクは4月1日(土)です。


Friday March 10, 2017







Thursday March 9, 2017

新しい写真が送られてきた。これはかわいい。やはり女の子である。「目に入れても痛くない」というが、何度見ても、飽きない。



土曜日のイベントの準備。リハーサルでは歌詞をところどころ忘れて、アーウ―で間に合わせたが、本番ではそういうわけにはいかない。

Wednesday March 8, 2017

今朝早く、建具屋さんがきてくれた。不要になった猫ドアを外し、ガラスを入れ替え、もとに戻してくれた。ぼくにはとうていできないプロの仕事。 とても手際のいい仕事だったので、祖父母の時代からわが家にある「佐沼中学校寄贈」と書かれている黒檀の座卓の修理をお願いすることに。







外から見ると2本の桟の色が違う。黒い防腐剤を塗ったが、色は変わらない。濃い色のニスが必要である。



寒風吹きすさぶ中、庭のベンチに防腐剤を塗る。今、庭は見る影もない。4月になれば芝は緑になり、花は咲き、美しくなるだろう。



WBCはオーストラリアに4対1で快勝。名前はしらなかったけれど、いい選手がいっぱいいる。今日見事だと思ったのは、千賀という投手。大谷だけではない。

土曜日午後1時半からの朗読の会「ひびき」のお話を聴くひとときは、盛況が予想される。主催者からの電話によれば、一昨日の段階で、49名の予約者がいるとのこと。ありがたいことである。


Tuesday March 7, 2017

家人に促されながら、先日棚からおろして部屋中に広げたカセットテープ、CD、ビデオ、写真、手紙などの整理整頓。しかしこれが難しい。古い写真などはなかなか捨てきれない。ぼくの生まれる前に死んだ父の写真、高校時代の写真など、懐かしいものがたくさん出てきた。

帽子をかぶっていない眼鏡をかけた人は、宮城県佐沼町立佐沼中学時代のぼくの父。どことなく次男に似ている。佐沼町は現在の登米市。



にこやかに笑ってるこのおばあさんはぼくの祖母、父の母である。厳しい人でよく怒られたものだが、今思えばすべて懐かしい。



こんな写真も出てきた。結婚して修学院に住みはじめたころ。



実はレナード・コーエンにインタビューしたときのカセットテープを探すために、部屋中に広げたのだが、出てこなかった。テープは出てこなかったが、いろんなものが出てきた。

こんな写真も出てきた。1963年8月24日夜、羽田空港の出発ロビー。AFS生としてサンタローザへ出発するぼくを見送りにきてくれた東京在住の中学高校時代の友人たちと。慣れないネクタイ姿がぎこちない。一番左に立っているのは現内閣参与の飯島君。このころすでに彼は東京に出ていた。右下は中学時代の担任の先生だった河西先生。その横がぼくの母。ぼくの左横は中島さん。右横は小原さん。懐かしい写真である。



夜、WBCのキューバとの試合を断続的に見る。日本はよく打って、11対6で勝った。ソフトバンクの松田に脱帽。4打数4安打。4打点。3ランホームランに、タイムリー2塁打。文句なしの活躍。その他、賞讃に値するのは二塁手菊池の守備。日本のプロ野球も、ここで一気に新旧交代となりそう。


Monday March 6, 2017

ようやく家人もぼくも少し時間の余裕ができた。前から見たいと思っていた『沈黙』を見に行こうということになった。しかし岡谷スカラ座の上映スケジュールを調べたら、『沈黙』はなくなっている。つい最近までやっていたはずだが。『相棒』の劇場版をやっていた。それを見に行くことに。新しい大型ショッピングモールで買い物もしたかったので。

映画は前半は少々荒唐無稽な話だと思ったが、さすがに最後のところではどんでん返しがいくつか仕込んであって、見ごたえがあった。

ひょっとしたら、Act9の上條さんの仲介で、舟木一夫さんにお会いできるかもしれない。舟木さんは長野市で3月28日(火)に午後と夜、2回のコンサートを行うことになっている。実現したらこれは、うれしい。

夕方、空があまりに綺麗だったので、写真を何枚か撮る。










Sunday March 5, 2017

家人は朝から伊那のJA会館へ。大正琴の発表会。

午後、伊那に住む姉がお彼岸には来れないのでと線香を上げにくる。小学5年生の孫が野球をしていて、毎日忙しいようだ。

夕方、BSで『直虎』を見る。大河ドラマというものがあまり好きでなかったが、昨年『真田丸』を見た続きで『直虎』も見始めた。子役の3人が主役のころはよかった。最近はちょっと退屈。

次男の先日生まれた赤ちゃんの名前がなかなか届かない。こちららでいろいろ考えたが、難しい。姓名判断で調べるとますますややこしくなる。流派によって、良し悪しの評価が異なる。彼らがいいと思う名前に決めるのがいいだろう。

夜、遅くニュースを見たら、木村沙織というバレーボールの選手の引退試合の様子が報じられていた。この名前も悪くない。


Saturday March 4, 2017

オープンマイク初回出演順(敬称略):一ノ瀬悦子、赤坂修一、坂井俊水、野沢直二、高山正、原田和夫、赤羽真理、三浦久、一ノ瀬敏樹。

トップバッターの一ノ瀬さんは宮沢賢治の童話『気のいい火山弾』を朗読した。宮沢賢治好きを自認するぼくだが、この童話は知らなかった。ここに登場する主人公、角のとれた丸い石は、ある意味、「雨ニモマケズ」の「でくのぼう」に通ずるところがある。と、思っていたら、次に登場した赤坂さんが「雨ニモマケズ」を朗読し、人間の幸不幸は外からでは計り知れないという主旨の経験談をした。前半最後に歌ったぼくは、迷ったあげく、『祈り』に入っている「雨ニモマケズ」を歌った。

坂井君は「この街の色」と「僕らの夢」を歌う。後者は何度聞いてもいい。

赤坂さんと一緒にやってきた野沢さんは、吉田拓郎を通してディランを知ったという。拓郎、ディラン、そしてクラプトンが大好きだという。クラプトンのブルーズが好きとのことで、急きょ、坂井君にブルーズ調の歌を歌ってもらう。初登場高山正さんは、北安曇からやってきた。オリジナルは犬のナッツになりきって歌った「ナッツの歌1」と「ナッツの歌2」。面白い発想。「吾輩は犬である」。カバーでは「おなじ話」がよかった。

原田和夫さんは、最近参加した同級会の話。白雪先生はすでに96歳になっていたがお元気で、原田さんを見かけると、「和夫ちゃーん」と呼んでハグしてくれたとのこと。赤羽さん、先週につづき「種の歌」。赤羽さんに3月2日、女の子の初孫が生れたとのこと。Congratulations! 次男の赤ちゃんとは1日違い。

一ノ瀬さん、8時に会議が終わるというご主人を迎えに行く。しばらくして一緒に入ってきたご主人を見て驚いた。いろんな場面でお会いしたことのある一ノ瀬敏樹さんだった。彼は過去に2回参加したことがあるという東京マラソンの話をした。2回目に走ったときは、4時間を切ったとのこと。それは凄い。また何年も前に町内一周駅伝では、ぼくと同じ区間を走ったという。それは知らなかった。

なにやかやあって興味深いオープンマイクになった。



















来週の土曜日3月11日は、午後1時半から朗読の会「ひびき」の発表会。午後7時から通常のオープンマイク。


Friday March 3, 2017

朝10時から、3月11日(土)午後1時半開演の「朗読の会ひびき」の発表会リハーサル。今回はぼくのエッセイの朗読と歌が取り上げられることになった。メンバーの林淑子さんが熱心に構成を考え、いくつものエッセイを丹念に読み、その抜粋をつなぎ合わせ、ひとつの物語に仕上げてくれた。感謝。

今年の初めに加入した新メンバーたちの朗読が上手になっていて驚いた。最初にボランティアセンターでと聞いたときと比べると長足の進歩である。

SBCの小森さんが取材に来てくれた。11日にも来るとのこと。それだけでなく、碌山忌コンサートを含め、今後しばらく取材を続けたいという。特にボブ・ディランとの関係で。ありがたいことである。

写真は何枚か家人がPentax Q-51で撮ってくれたのだが、カメラの調子が悪かったのか、すべて赤くなってしまった。1枚だけ、白黒にすることでかろうじて見られるようになった。



石原元知事の記者会見を見る。気分が悪くなる。もっと気分が悪くなったのが森友学園問題。まさに『藪の中』。


Thursday March 2, 2017

次男から送られてきた"兄と妹"の写真。雅樹は当然のことながら、昨日妹が生まれることによってはじめて兄になった。妹をやさしく抱く写真を見るにつけ、お兄さんらしくなったと実感する。赤ちゃんの心は柔らかい。その心に誰もが無抵抗に惹きつけられる。レナード・コーエンは「人間のすさんでこわばった心こそ大量破壊兵器だ」と言ったが、赤ちゃんの心はまさにその正反対。ただそこにいるだけで、まわりの人たちの心を柔らかくしてくれる。





家人は今日は北隣りの町の中学へ。ぼくはお昼を食べに南隣りの町の餃子屋さんへ。数週間前 docomoshop へいったときに偶然すぐ横にあったこの店に入った。あまりの美味しさに病みつきになった。今日で3回目。実に美味しい。しかも手ごろな値段。さらに平日1時から2時半までは餃子食べ放題500円だという。たくさん食べようと意気込んだが、3皿18個でギブアップ。



明日10時から、朗読の会「ひびき」の発表会のリハーサルがある。夜、そのための準備を少し。


Wednesday March 1, 2017

朝起きてメールをチェックしようとしたら、何にも出てこない。夜中の12時から一通も入っていない。どうしたことかといろいろ調べたら、「さくらインターネット」にドメイン更新料を払っていないことがわかった。クレジットカードの番号を変えたのに、それを報告してなかった。締め切りは2月20日で、彼らとしては10日は待っていて3月1日の真夜中を過ぎたところで、切断したわけだ。早速電話をかけ、銀行振込でペナルティ付きの料金を振り込んで事なきをえた。メールが回復したのは、午後1時過ぎ。secondwind.jpのドメインをもつオーリアッドのホームページも見られなくなっていた。facebook, gmail, yahoo は大丈夫だった。

夕方次男から、予定より2週間ほど早く、今朝の11時ごろ、雅樹に妹が生まれたという電話があった。母子ともに元気とのこと。生れたばかりとは思えないしっかりした顔つきの赤ちゃん。



今日はドメイン料未納の顛末に加えて、学生の成績確認の連絡が事務局からあり、てんやわんやであったが、最後はうれしいニュースが入り、記念すべき一日になった。