三浦久 9th Album 『千の風』に寄せられた感想のいくつか
*メールやお手紙でお寄せいただいた、あるいはホームページの掲示板に書き込まれた、『千の風』の感想を、承諾なしにここに掲載しています。個人が特定されるところは削除するか変更してあります。もし不都合だと感じられる方がいましたらご連絡下さい。削除いたします。
一言で言えば、「静謐」というイメージでしょうか。ジャケットと同じように枯れ野の上に青空が乗っている、そんなイメージです。シンプルでも豊かさを感じる伴奏ですが、三浦さんの心象風景がそのまま音に繋がったと思いました。どの曲も心落ち着かせてくれます。そして哀しみを感じさせます。三浦さんのここ何年かが凝縮されている盤ですね。さまざまな別れがこの盤の底に流れているのを感じます。ベスト・アルバムの完成を祝します。
「千の風」に感動してます。Toshiさんのライブで聞いて、一聞ぼれしました。楽しみに待った甲斐がありました。やっぱりいい曲ですね。
「紙ヒコーキ」、私達の年代はすごく共感できます。私も親の貧しさを知っていろんなことをがまんしました。そのときは回りの友達も一部の人を除けば皆いっしよだからそれほど不幸だとは思いませんでしたが、いま息子達をみるとあまりに恵まれすぎて、思いやりに欠けていると思います。
一番気にいったのは、「碌山」。すごい生涯だったのですね。相手の方に気持ちが伝わっていたのですよね。報われることのない愛、それでも貫いた。それほどまでに愛されて幸せですよね。
「カムサハムニダ、イ、スヒョン」、曲を聴くまで、そのことを忘れてました。人間として忘れてはいけない事件です。忘れないように心に止めようと思いつかせてくれました。 「丁度よい」はToshiさんのなににもならなくていい、いまのままでいいに通じる感じがしました。
私のよう普通のおばさんの感想など要りませんよね。でも、この感動を伝えたくてメールしました。有難うございました。
全部聞かせて頂きましたが、本当に良いアルバムだと喜んでおります。三浦さんのメッセージは私だけでなく、周囲の人々にも聞かせてやりたくて、親しい友人にプレゼントすることにしました。このアルバムは、それぞれが人の心にさまざまな思いを想起させてくれる、メッセージでした。私は「碌山」と「丁度良い」が欲しかったのですが、「紙ヒコーキ」もどれもがとても良かったと思います。御苦労はあると思いますが、三浦さんは大変良い職業を選ばれたと思っております。
いやあ、夕食のあと、かれこれ3時間近く聴き続けています。聴き惚れています。いい歌を、ありがとう。
今、歌いたい歌と、歌い残したい歌。三浦さんの9作目となるアルバム「千の風」に収められた9曲には、三浦さんの源点と現在が混在する。
今回のレコーディングには、関島岳郎、中尾勘二、HONZIのオフノートレーベルのアーティストが参加し、長野の三浦さんの自宅で録音された。コンピュータサウンドを多用した「ガビオタの海」とはうって変わり、今作は、まるで三浦さんのLIVE会場にいるようなシンプルな創り。
三浦さんの作品には、いつも深い悲しみが漂い、それを克服しようとする葛藤があるが、それらの一言一句を最大限に生かすように、控えめ過ぎるほどのアレンジが、アルバム全体を包みこんでいる。
タイトルナンバー「千の風」は、昨年亡くなった母親が語りかける歌。三浦さんの誕生を見ることもなく死んだ父親と向き合う「父よ」。「山頭火」や宮沢賢治 (「こおろぎが歌うように」)ように生きたいと思った青年時代。そして「丁度よい」と歌える今、「新しい光迎えよう」は、三浦さんなりの I Shall Be Released ではないだろうか?
三浦さんの集大成ともいえるこの作品は、ご自身が言うように、まさしく ベストアルバムだ。
すべて気に入りましたがとくに「千の風」と「父よ」「新しい光迎えよう」は何度も何度も聴きました。すべて詩と曲どちらも素敵ですね。
アルバム全体を通して、時間を越えた血のつながり、当たり前のことやものへの愛おしさ、光の中の土と風のにおい、そして哀しくてもいじらしい人間へのやさしいまなざしが、さまざまなことを思い出させてくれ、静かな勇気と希望を与えてくれます。国境さへ人間にとって愚かなような気がしてきます。
お母様とお父様のこともはじめて知りました。「鳥」は自由で、時間と空間を越えて、人間にとって何か懐かしさがあります。
不安や心配なことの多い毎日ですが、このアルバムを聞いて、懐かしい人に再会したような気持ちがしました。
どの歌にも心を打たれました。歌の背後にヒューマンな三浦哲学があり、そしてまた、これには三浦さんの澄明な情熱が込められているために、聞くものを感動させるのです。「千の風」はマスコミに紹介されてから世上に広く膾炙するようになりましたが、お母さんを亡くしたばかりの三浦さんは、万感の思いを込めて「千の風」を歌っていますね。
母を想いながら「千の風」を歌い、つづけて「紙ヒコーキ」「父よ」を歌う。三浦さんの個人史やその内面がうかがわれる歌です。
荻原碌山にこんな純愛物語があるとは知りませんでした。アルバムを聴いたあとで、相馬黒光の『黙移』を取り出して読んでみたら、碌山が相馬黒光を知ったのは、彼女が結婚して安曇に移ってきた時らしいですね。とすると、彼は人妻だった相馬黒光を愛したことになります。そのへんの事情に興味を感じ、さっそく相馬黒光関係の本を数冊注文しました。
「山頭火」も面白かったし、特に面白いと思ったのは「丁度よい」でした。現状に対する、そして生に対する全面的肯定の姿勢には、老子を思わせるものがあります。曲調も内容にふさわしく単純で素朴です。これは一人でも多くの人に聞いてもらいたい歌です。
歌詞を自分で考え、あるいは自力で翻訳し、曲も自分で作る。そして、それを弾き語りで一人で歌う。フォークシンガーは、ほとんど他の力を借りることなく自己完結的な独自世界を形成出来るのですね。このアルバムには、三浦久世界が夾雑物のない純粋な形で表現されています。
感服しました。
CDを買った日はずっと聞いていました。以前に大手公民館でのライブにて「碌山」を聞いて以来、CDの発売をとても楽しみに待ち望んでいました。「碌山」はとってもいい曲ですね!「碌山」の人生と三浦さんの作詞の力に心を打たれました。他の曲も繰り返して聞きたい曲ばかりです。CDは今回のも含め、すべて宝物です。
これからもよい歌を創って聞かせてください。またCDやライブの予定等ありましたら教えてください。楽しみにしています。
「千の風」のバイオリンがとてもきれいです。「碌山」の「愛することに理由はない、愛してる時だけ人は生きている」というところが好きです。「食うや食わずの貧しい生活」と歌っていますが、歌詞カードでは「食うや食わずの苦しい生活」になっていますね。「カムサハムニダ、イ・スヒョン」はライブでは歌詞をじっくり聞いているのですが、このCDでは三浦さんの「声」に魅かれます。コーラスのところが特に。「丁度よい」「新しい光迎えよう」でアルバムを終えるのはいいですね。前向きな気持ちで聞き終えることがでます。「君には似合わない、打ちひしがれた顔は」「「どんなに悔やんでも、すぎた日々は戻らない」―自分のために歌ってくれているようで嬉しいです。
「千の風」を聞きました。三浦さんのお母さまへの思いがよく伝わってきました。何よりも「詩」が素晴らしいです。そして、「母の愛に対する息子の愛」が切々と歌いあげられていて胸がジーンとしました。先生のお母さまは幸せだと思います。生きた証が「千の風」にありますから。
CDのジャケットの写真が、なんと清々しいことでしょう。風を感じる木々の葉に、雲に、そして澄みわたった空に、お母さまを感じました。きっと何度か聞くたびに、新しい発見があることと思います。楽しみです。お体に気をつけて益々のご活躍を。でもご無理をなさいませんように。
CD『千の風』、聴かせて戴きました。30年ほど前に紀野先生からテープで聞かせていただいた「山頭火」を聞きたくて注文したのですが、「山頭火」のほかにもいい歌がたくさんありました。「カムサハムニダ、イ・スヒョン」は三浦さんの思いがすごく伝わってきて、ああこれを伝えたかったんだなと思いました。私も結局のところ同じだと思います。自分の求めて来たものは、これだなと最近はっきり判ってきました。
紀野先生からお聞きしたことがあります。先生は昔、台湾の特攻機操縦士の宿舎の天井にぶら下がっている不発弾の処理を頼まれたことがあるそうです。梯子をかけて天井裏に上り、揺れている250キロ爆弾の尾翼の間の信管をピンセットで回し、撃針を抜き出し、弾体を下に押し落としたそうです。とても危険な作業です。梯子を降りると、他の兵隊はみんな避難していないのに、頼んだ大尉が一人立っていたそうです。先生が「堤大尉、どうして避難しなかったんですか。失敗したら爆発し、この辺のものみんなあとかたなく吹っ飛んでいたんですよ」と言うと、大尉は「そりゃ分かってる。しかし、頼まれたあんたが宙に吹っ飛び、頼んだわしだけ生き残るわけにはいかないんだ。お前一人だけ死なせるわけにはいかないんだ」と言ったとのことです。
ずっとこれを求めていたんだな、と最近思うようになってきました。
CDが届いた時、ちょうど家内の実家に車で行くところだったので、車の中でCDを聴くことにしました。「紙ヒコーキ」のところで、隣りの潔さんが出てきたので、子供と家内は笑って喜んでました。(内容は笑うとこではないですけど)私も思わず笑ってしまいました。私の名前も潔なのです。字も一緒だったら面白いね、と言っていたらほんとに一緒でした。
「父よ」が、ベストでした。24才の作品とありましたが、若さならではの押さえきれない感情たっぷりの詩に、3拍子の素朴なメロディーが見事に溶け合っています。名曲だと思います。このCDでは、この唄に出会えただけで満足できます。何回も何回も聞き返しました。
次に「こおろぎが歌うように」が、素晴らしい。若くしては書けないだろう気負い、或いは思い込みの強さが荒々しく表現されています。
「千の風」は、抑制の効いた美しい詩です。三浦さんとお母さんの素晴らしい関係が、目に浮びます。本当に詩だけ朗読しても、凄く良かった。
「碌山」「カムサハムニダ、イ・スヒョン」は、詩が説明的過ぎて上手く感情移入できませんでした。これは、「ミン・オン・トゥイーのバラード」や「フィールド・オブ・ドリームズ」を聴いた時にも感じたことです。特に「カムサハムニダ、イ・スヒョン」は、もっと言葉を少なく、また曲も抑制に抑制を効かせた方が説得力が増すのではないかと思いました。
CDの「千の風」もう何度も聞きました。心が洗われるような安心できるような音がいいです。特に自分を今励ましてくれているのは「丁度よい」です。大好きな歌です。「歩んだおまえの人生、それはおまえにちょうどいい・・・」そうなんだなあって。悩みも迷いもいっぱいあるのだけれど、自分で決めた道に、「丁度よい」と背中を押してもらっています。
12月8日のマンダラ2でのライブ、友達と二人で行きました。素敵な空間に、感動的な音楽と言葉が流れ、今思い出しても至福の時間でした。チューバの関島さんの音楽がとてもぴったりでした。お二人の人柄がそのまま音になって伝わってきたように思いました。「千の風」「碌山」「イ・スヒョン」などどれも感動しましたが、中でも今回一番感動したのは「あの果てしない大空へ」でした。息子さんのことをお話された後だったので、子を持つ親の気持ちがジンと伝わってきて、温かい涙がこぼれてきました。暗いところでボロボロするのは心が洗われるものです。
Wow! That song is a knock-out. I'm sure you've already heard it from lots of other people, but let me also say 'AMAZING'. Your best yet. Inspires me to not give up yet on trying to do something worthwhile...
「千の風」は、三浦さんが一人で歌っているのを聞いたときに一発で好きになってしまった曲ということもあって、もう少しシンプルなアレンジでもよかったのかなと、生意気にも感じました。
「カムサハムニダ、イ・スヒョン」は哀しい歌なのにアップテンポだなと思いましたが、歌いながら両足でリズムを刻むのを拝見して、アレは迫り来る電車を止められなかった緊迫感を表しているのかもと納得しました。「父よ」、今回改めていい曲だなあと思いました。また三浦さんがお母様の話をなさる時、なぜか小さな人を想像していましたが、ジャケットの素敵な笑顔の写真を見て、千の風にも光にも鳥にもなって駆けつけてくれそうなパワーを感じました。留学中の息子に山頭火の本を送ってくれる母親は只者ではありませんね…お母様のファンにもなってしまいました!!!
「千の風」のメロディとことば、心に響きました。「碌山」、何度聞いても泣いてしまいます。「それじゃ、あなたは私の弟子だ」と「彼こそ魂の兄弟だったと」のところで。
『千の風』、新星堂長野店で購入しました。 私には、「碌山」が最高でした。軽快なリズムと明るいメロディーなのに何故か切なくて胸が締め付けられる思いです。「紙ヒコーキ」、欲しい物を親にねだった幼い頃を思い出します。親が勝手に先回りして何でもそろえてしまう現代、子供にとってどちらが幸福でしょうか?
昨日ウルマ堂から「千の風」のCDが届きました。早速聞かせていただいて一番最初の「千の風」にぼろぼろ涙が出てとまりませんでした。次の「紙ヒコーキ」は聞き覚えがありました。京都で歌われていませんでしたか。「紙ヒコーキ」も涙が出てとまりませんでした。今日も聞きましたが、やっぱり涙です。
先日ある方から『千の風』のCDをいただきました。一曲一曲詩の意味を味わいながら聴いていると魂がなんだか・・・ぐっと揺さぶられるものがあります。特に「碌山」の次のところは何度聞いても涙があふれてきます。
その人は彼の柩をつかみ
人目もはばからずに泣き崩れた
その時その人は初めて知った
彼こそ魂の兄弟だったと
どの歌もどの歌も本当にこころを打たれものがあります。このことを伝えたくてメールしました。どうぞこれからもご健康でいい歌を歌って下さい。
CDが届いてから毎日聞いています。詩の力、歌の力を改めて感じています。演奏も素晴らしいです。あるものには悲哀が、ある歌には哀愁が、と胸がいたくなります。何度聞いても感動するばかりです。これからもいい歌を歌い続けて下さい。
『千の風』、三浦さんの歌い方がとてもていねいで、バイオリン、サックス、リコーダー等の編成がとてもさわやかで、感激しています。私にとって大切なCDになりました。
今、ヘッドフォンでアルバム『千の風』を聞いています。「こおろぎが歌うように」のメロディーとハーモニカの響きがとても好きです。自分もこおろぎが歌うように、なりふり構わず歌い続けたい。
社会の上っ面を刹那刹那に生きていく
軽業師のような生活に疲れているのだ
との歌詞を自分に問いただしてみる。その答えは……。なりふり構わず歌い、必死に生き続けたい。家族のために、人々のために、そして自分のために。
『千の風』のCD、週末、子供たちとドライブするときによく聞きます。私も子供たちも「紙ヒコーキ」が気に入って、よく合唱します。仕事で気が滅入ったときなどは「新しい光を迎えよう」をよく聞きます。私の母は10年前に亡くなりました。亡くなる一年前から痴呆でまともに話したことがありませんでした。もう少し母と話しておけばよかったと思っています、「千の風」を聞きながら。
昨日、CDが届きました。予定していた家事をほったらかして、夜中まで聞き続けておりました。
歌のテーマ、そして歌詞そのものが、驚きの連続でした。三浦さんの音楽に対する、また、歌(歌詞)に対する姿勢は、まさに「孤高」という言葉がふさわしいと思うのですが、聞く者を惹きつけるのは、それらの歌の中に慈愛、連帯、共感といった、60-70代のフォークソングの血が綿々と流れているからでしょう。
私にとって特に印象深かい歌は「新しい光迎えよう」でした。何度も何度も繰り返し聞きました。静かで穏やかなメロディーと歌詞のなかに、声高に歌い上げ鼓舞するのではない「応援歌」が存在しうることを初めて知りました。これからも、ずっと聞き続ける歌になるだろうと思います。
「千の風」のおだやかで美しいメロデイーに心が癒されました。確かに、人は亡くなると、千の風や千の鳥になるのだと思います。私にも亡くなった大切な人の声が聞こえてくることがあります。
先生のお母様は、ずい分苦労されて、先生をお育てになったようですが、こんな素敵な歌を作ってもらって、喜んでおられると思います。私も息子に歌を作ってもらえるように、がんばって生きたいと思っています。
「碌山」「カムサハムニダ、イ、スヒョン」「父よ」どの曲も、短い一生を懸命に生きた人たちの曲ですね。一生懸命生きた人の話は私たちに勇気を与えてくれますね。
飯田出身の日本画家に、菱田春草という人がいます。碌山とほぼ同じ時代の人です。前衛的過ぎてその時代には理解されなかったようです。碌山美術館へ行ったとき、二人とも長野県出身で、天才で、苦労して、似ているなと思いました。
中村屋のおせんべの頂き物をし、ちょっと黒光をのぞいてみようという気になりました。「相馬黒光」で検索しました。そうしたら、三浦さんのCDにめぐり合いました。むかしむかし、民放の朝ドラで「パンとあこがれ」というのを見ました。原作は臼井吉見の「安曇野」。
朝日新聞の天声人語に掲載されて、「千の風」という詩を知りました。その詩を読んだときの感動はいまでも続いています。三浦さんの「千の風」好きです。すーっと入ってきます。ありがとう。山頭火、悲しいくらい好きです。これくらい、好きなものが並ぶと、CD注文するしかないですね。ボブ・ディランを思い出します。ジャケットの内側のモノクロ写真、いいですね。一見何もない風景。私もそんな風景の中で、生活がしたいです。何もない風景が、どんなに大切で、どんなに豊かなものが含まれているか、そんな中で暮らしたいです。今、ケント紙でつくった紙飛行機を飛ばしています。ホワイトウイングといって、ちゃんと設計されたものですが、とりあえずは目標滞空時間15秒。なかなか飛びません。うまく上昇気流にのれば、視界からなくなる「視界没」っていうのもあるんですけど。
お送りいただいた『千の風』、車のなかで繰り返し聞いています。一曲目の「千の風」を初めて聞いた時、涙が流れて止まりませんでした。
『千の風』早速拝聴しました。「父よ」に、「あなたが残した遺産はないけれど/あなたはすべてを与えてくれた」とありますが、私の父が残したものはわずかな古着だけでした。財産も借財もありませんでした。父は地方の教会の牧師でしたが、晩年、その職を辞し、一人で路傍伝道をしていました。CDを聞きながら父や母のことを思い涙が止まりませんでした。
東京のCDショップでアルバム『千の風』を購入しました。何度か通して聞きましたが、一番心に染み入ったのはタイトル曲「千の風」です。亡くなられたお母様の写真がジャケットに写っていますが、とても優しそうないいお顔をされていますね。三浦さんが曲目解説で「いつもおまえのそばにいるよ」と歌うと胸がつまってしまうというようなことを書かれていますが、僕も「いつもおまえのそばにいるよ」と三浦さんが歌うのを聞くと何とも知れず涙ぐんでしまいます。
CD『千の風』、届いてから何回も聞かせていただきました。歌詞がいいですね。好きです。懐かしい声でした。昔聞いた『私は風の声を聞いた』というLPを思い出しました。
三浦さんは覚えていらっしゃらないと思いますが、30数年前、京都ユネスコ協会のビルの一室で英会話を教えていただきました。ほんの一年たらずのことでしたが。ジム・グリーンさんのこともよく覚えています。
現在東京に住んでいます。毎年吉祥寺で年末にライブをされているとのこと。是非聞きに行きたいです。
・・それにしましても、今回、「千の風」に、あのように心にしみ入る歌詞と曲で出会えるなんて、とても不思議な気が致します。母が亡くなってからの辛い日々を、作者不詳の「千の風」という詩に慰められていましたので。CDが届いてから、何度も聴いて、その度に、癒され、力づけられています。
「千の風」は、お母さまが亡くなる前に飛んできた鳥のおかげで完成したとのことですが、言葉が大切に使われていて、その簡潔で的を射た言葉だけでも十分に伝わるものがあります。しかし、この歌の完成度を高めているのは、メロディの素晴らしさです。メロディーが言葉に広がりを与え、さまざまな想いを喚起させてくれます。
そのほかの歌も親しみやすい旋律と奥行きのある言葉で、初めて聞く歌ばかりでしたが、まったく違和感はなく、安らぎの感覚に浸ることができました。今日は一日『千の風』を聞いていました。
先日CD『千の風』を購入してから家に着くまでの90分、ずっと聞かせてもらいました。その後毎日、車にいる間じゅう「千の風」一曲をずっと聞いています。私の魂に響く曲です。ありがとうございました。
インターネットで偶然見つけた三浦さんのCD。懐かしく感じるとともに、現在も活動されていることを知り勇気づけられました。私は30年前京都で学生時代を過ごしました。シルクホールで三浦さんを一度見かけたことがあります。一枚目のレコードももっています。CDの中では「千の風」がベストだと思いました。お墓参りに帰省する弟や叔母たちに聞かせたいと思います。
「千の風」、初めて聞きました。震災以降、神戸の地に対し生き残りの罪悪感があり、心が半解凍の状態でした。神戸そのものが墓標となり、口に出すことも言葉を聞くこともできない状態でした。三浦さんの曲を拝聴し、ようやく神戸に向き会える気持ちになれました。ありがとうございました。
My family and I are enjoying your CD. We're passing it around and I've had nothing but positive feedback.
I smile, your songs lift me back to the sixties, and your melodious voice soothes my spirit.
『千の風』、今朝からずっと聞いています。三浦さんがすぐそばで語りかけてくださっている感じです。特に次の3曲が好きです。
「千の風」― よく耳にするヴァージョンより、ずううんと心に沁みます。
「碌山」― 碌山館、デスペアー、考える人などの映像が次々と浮かんできます。中村屋の小さめのアンパンも。長い歌ですが、最後まで映像が止まることがありません。ちょっと涙が出ました。
「カムサハムニダ、イ・スヒョン」― リズムが列車を連想させます・・・ひりひりします。焦燥感があって、かなしいリズムです。これでもかこれでもかと畳みかけてくる悲しみ(この事故のむごさを知っているから)。そしていつしか生きている実感へとかわっていく。
「カムサハムニダ、イ・スヒョン」はあの日の事故の詳細と、イ・スヒョンさんのプロフィールが事実に基づいて詩になっていて、曲もシンプル、そしてアップテンポなところに親近感を感じます。生まれて初めて歌を聴きなが胸が一杯になり、目頭に涙まで出ている自分に我ながら驚いています。・・・私はあの日、新大久保のすぐ近くに住んでいながら、その事実に驚きはしたものの、実感として何も感じなかったのです。
実は、私、中学校の教師をしています。あの新大久保駅の事件は、ただただ「衝撃」でした。うまく言えない感情の中にいました。思い出せば、事故の1年前に、偶然、私もあのプラットホームに立ち、新大久保のハングル語の店が並ぶ中を歩いていたのでした。今日、CDを生徒に聞かせました。静かに聞いていました。あの事故について、いろんな人がいろんなことを感じたと思いますが、三浦さんの「思い」「行動」を貴重に感じます。特に、スヒョンさんのご家族には特別の1枚でしょう。
I need to comment on your song "A Thousand Winds"...the past few weeks I have been listening to this song and reading the translation. I am extremely moved emotionally by what you have written. My mother this past year has been very ill and I am having to deal with some of my inner most fears...that is my parents' mortality.
I will remember and reread this song many times over for the inner strength necessary to deal with this moment in my life. I thank you deeply for sharing, translating and singing...this means more to me than words can express.
A very beautiful tribute to your mother...to life....to nature and the gifts they give us.
It's a heart-warming uplifting album, and I liked all the songs in it. The lyrics evoked in me those memories and emotions from the past including smiles as well as tears. I've been to a couple of workshops for healing where we dance spontaneously to changing tunes of music, releasing our thoughts and emotions in movement. I went through a similar mental process as I listened to this album.....I understood better what your music is about by reading the introductory commentary. You followed a small little voice in your heart, and here you are, vibrating, creating, expressing, and inviting us to join you. How precious!
■オーリアッド・レコード homepage
■オーリアッド homepage
■三浦久 homepage